星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

ようやく聴けた「燃ゆる灰」〜ルネッサンス来日公演@9/18山野ホール


1977年のテレビ番組で「太陽のカーペット」を歌うアニー・ハズラム

 いやぁ、めっきり寒くなりましたな。
 先週、70年代に活躍した英国バンド、ルネッサンス三度目の来日公演を聴いてきたので、その感想を書こうとしたのだけど、なかなか時間が取れなくてまいったまいった。公演日の9月18日も、しとしと雨が降って肌寒かった。前回の日比谷野音でのライブはうだるような暑さだったのにね。

 さて、ルネッサンスである。プログレ後追い世代の私がこのバンドを初めて聴いたのは90年代の半ばごろ。トラッド・フォークの叙情性と、シンフォニック・ロックの壮大さを併せ持つ英国浪漫派とでも呼ぶべき曲調に取り憑かれ、中古CD屋をかけずり回ってたちまちアルバムを揃えてしまった。
 ルネッサンスの曲はピアノやアコースティックギター、オーケストラ楽団など楽器の生の音を生かした有機的なメロディに加え、詩人ベティ・サッチャーによる作詞と、アニー・ハズラムのヴォーカルという女性的なセンスが色濃く導入されているところに特徴があった。当時のプログレッシヴ・ロックといえば変拍子連発の超絶技巧やサイケデリックなトリップ感覚が頭に浮かぶが、ルネッサンスには野蛮さやドラッグの匂いとも縁がなく、自然や風景の美、歴史や伝承、人類普遍の愛を堂々と歌いあげるスタイルに、貴族的な風格と気品が感じられた。
 実際、『プロローグ』(1972)、『燃ゆる灰』(1973)、『運命のカード』(1974)、『シェーラザード夜話』(1975)、『お伽噺』(1977)と連発したアルバムいずれ劣らぬ佳作・傑作そろい。バンドとしての頂点は『シェーラザード夜話』と『お伽噺』だろうが、私のいちばんの愛聴盤は『燃ゆる灰』だ。ロックの世界でいちばん好きなヴォーカリストは、と訊ねられれば、真っ先にアニー・ハズラムの名が上がるファンは少なくないだろう。

 そんなルネッサンスの初来日は、2001年。が、この時私はまだ20代。多忙すぎる仕事と資金不足のために涙を飲んだ。ようやく彼らを目視確認できたのは、2010年8月の「第1回プログレッシヴ・ロック・フェス」においてだ。が、すでにメンバーはアニー・ハズラムとギター兼作曲のマイケル・ダンフォードしか残っておらず、あとは新参者ばかりという状況だった。このフェスの並びは四人囃子ルネッサンススティーブ・ハケットという3組。トップバッターの四人囃子は、別な曲かと錯覚するほどアレンジの効いた「なすのちゃわんやき」や、やたら勢いのいい「一触即発」をせわしなく聞かせ、50分ほどの演奏を終えて去っていった(これが四人囃子としては最後の公式ライブとなった)。
 二番手がルネッサンスで、すっかりふくよかになったアニー姐さんが現れたのを見た時は胸が高鳴った。「暑いわね〜!」とMCでコボしながらも往年のクリスタル・ヴォイスは健在で、新曲(ザ・ミスティック・アンド・ザ・ミューズ)まで披露してくれたのだからたまらない。正直、2000年発表の復活アルバム『トスカーナ』がイマイチ印象に残らなかったので、現行バンドには少し不安があったのだが、それは杞憂に終わった。が、私が最も愛する一曲「燃ゆる灰」が聴けなかったのはちょっと心残りだった。
 その後、ルネッサンスは2013年に新譜「消ゆる風」(ネットでファンから資金を募って製作されたという)を発表するが、完成直前にマイケル・ダンフォードが急死。これにていよいよ活動停止かと思いきや、なんとアニー姐さんが一人でバンドを率いてツアーに出ているという。アメリカでは全盛時のように、オーケストラをバックに従えての公演もやっているのだとか。ルネッサンスにまだそれほどの活動力があったとは。こいつは自分の目で確かめねば!


演奏するルネッサンス(低解像度カメラであれば撮影OKだった)

 と、いうわけで行ってきました山野ホール。初めて入った会場だが、山野美容専門学校の中にできたホールなのですね。
 開演の19時きっかりにメンバー登場。8年ぶりに御尊顔を拝したアニー様は、カラフルなゆったりしたワンピースに、紫のジャケット姿。ニコニコと微笑みを絶やさぬかわいい老婦人となっていた。
 オープニングは定番の「プロローグ」。が、レイヴ・テザールによる出だしのショパン「革命のエチュード」をもじったピアノイントロが、PAの都合かこもり気味でちょっとコケた印象になってしまった。それでも、アニー・ハズラムのスキャットが聞こえてくれば、たちまち擬似クラシックから透明感あるルネッサンスワールドが広がってゆく。続いて「トリップ・トゥ・ザ・フェア」。縁日に行ったらもう誰もいなかった、でも幻想のメリーゴーランドや道化師を見た、というフェリーニ寺山修司のごときゴシックソングなのだが、年齢を重ねたアニーが歌うとどこか陽気な魔女っぽさが浮かび上がる。
 さらに、人気曲「太陽のカーペット」「港にて」と、アルバム『燃ゆる灰』の2曲を続ければ、バンドの調子もだいぶ上がってきた様子。ダンフォードに代わってギタリストとコーラスを務める、ライク・シャランダは、ルネッサンスと同時期のアメリカのプログレバンド「Fireballet」のメンバーだった人だそうでつまり大ベテラン。さすがにうまい。
 満を持して2013年の新譜『消ゆる風』から、タイトル曲「消ゆる風」「シンフォニー・オブ・ライト」の2曲を披露した。やはりこのメンバー(ライク・シャランダ以外)によって制作された曲だからか、演奏としていちばんしっくりきたのは、このパートである。作詞もアニー・ハズラム自身だし、現在のアニーの声の調子に最も合った曲、ということかもしれない。ともあれ、『消ゆる風』は黄金期のアルバムに肉薄する佳作だったことは強調しておきたい。
 その後、バンドの歴史を振り返る意味合いで、なんと初代ルネッサンス「アイランド」を演奏する。ルネッサンスはじつは出自の複雑なバンドで、もともとはヤードバーズのキース・レルフが妹のジェーンをヴォーカルにすえて始めたバンドだった。しかし初代ルネッサンスはアルバム2枚出してすぐ解散、活動末期に参加したマイケル・ダンフォードがバンド名を引き継いでメンバーを一新、ヴォーカルにアニー・ハズラムを採用して始めたのが二期ルネッサンスである。
 通常、ルネッサンスというバンドはこの二期を指し、「初代と二期は別物!」と厳密に区別して認識しているファンが多いだけに、ご本尊が40年以上も経ってから、あえて境界を取り去ろうとするのは、いかなる意図が……と思えば、アニーがオーディションで最初に歌った曲がこれだったらしい。なるほど、アニーの視点でルネッサンスは今、再編されつつあるわけだ。
 そして、凍てついた収容所における思想犯の苦難を歌い上げる「母なるロシア」をじっくり聴かせた後に、四季と人との関わりを華やかに讃える「ソング・フォー・オールシーズンズ」でクライマックスを迎えた。
 キーボードはレイブ・テザールが主にピアノを、若手のジェイソン・ハートがその他の部分とオーケストラ・パートの表現を担当していたわけだが、このクライマックスの2大曲については、どうしても本物のオーケストラ、本物のグランドピアノの音色がほしくなってしまう。それだけ曲の構築美が素晴らしいのだ。しかし後でオーケストラ楽団と共演したCDを聴いても、「うーむ、やはり生の歌声にはかなわねぇよな〜」と思ってしまうのが複雑なところ。
 実際、アニー・ハズラムのヴォーカルはそんな演奏面での物足りなさを補って余りあるほどの魅力が健在だった。70歳を超えてさすがに若々しさは失われつつも、なお曲に新しい彩りを加えてみせる。


演奏を終えたメンバー一同

 そしてアンコールは待ってましたの「燃ゆる灰」。中盤でメンバーそれぞれのソロプレイをたっぷりあしらったロングバージョンによる演奏だ。合計15分ぐらいあったんじゃないだろうか。メンバーたちを母のように見守りながら、110分立ちっぱなしで歌い続けるアニー・ハズラムに、たった一人になりながらも、ルネッサンスというバンドで築いた財産管理を怠らず、芸の研鑽に励むアーチストの矜持を見た気がした。
 ルネッサンスはアルバム『お伽噺』でやるべきことをやり尽くし、その後は状況変化に合わせられずに失速、時代の波に消えていったバンドである。しかしその後30年近い時を経て、かつて達成したスタイルに回帰して優雅なパフォーマンスを展開しているのは、まさに、「燃ゆる灰」の一節、

Clear your mind maybe
心を清らかにすれば

You will find that the past is still turning
過去が今も息づいていることがわかるわ

Circles sway echo yesterday
過去のこだまが巡り巡ってくるわ

Ashe are burning
灰は燃えている

Ashe are burning
灰は燃えている

 そのものではないか。振り子は時計のように戻る。アニー・ハズラムには残った灰をかき集めて、ぜひまた大火を燃やしてもらいたい。

 なお、客入りは後方の席にだいぶ空席が目立ったが、それでも物販コーナーは大混雑で、Tシャツは公演開始前に全サイズ完売。CDや缶バッジだけでなく、アニー様直筆の油絵(20×25㎝ぐらいの小さなキャンバスに描かれたもの)なんてものまで売れ行き好調なようで、熱心なファンの多さを感じさせた。うーむ、買えばよかったかなぁ。



ルネッサンスの代表曲「燃ゆる灰」(11分25秒)