プロモ映像 https://www.youtube.com/watch?time_continue=16&v=KonVL3GKpto&feature=emb_logo
今年の11月下旬は、ピンク・フロイドのファンにとっては熱く、忙しい時期となった。
まず25日、ギルモアフロイドによる1988年のライブを収録したコンサート映画“Delicate Sound Of Thunder”(邦題『ピンク・フロイド 光〜PERFECT LIVE!』)のライブ絶叫上映があり、30日にはロジャー・ウォーターズの新作コンサート映画『ロジャー・ウォーターズ US+THEM』(2019)の一夜限定プレミア上映が開催。さらに日本が誇るフロイドトリヴュート・バンド「原始神母」のツアーまで始まるのだからたまらない。
私としても2年前、わざわざN.Y.まで出向いて“US+THEM”ツアーを観ただけに、その映画版の仕上がりには期待がつのる一方だし、旗揚げから観ている原始神母は、今年のツアーではアルバム「ウマグマ」の50周年を記念して、2枚組再現ライブを行なっているというので絶対に聞き逃せない。
年末進行の迫るスケジュールとにらめっこし、原始神母のライブは12月下旬の六本木公演のチケットを押さえ、ロジャーの『US+THEM』上映会は、発売初日にチケットを入手した。
で、いちばんどうでもいい『ピンク・フロイド 光〜PERFECT LIVE!』のチケットを最後に取って、25日の夜はZepp Diver City TOKYOへ。この映画、1989年にVHSビデオで出たきりだから、若いファンは観たことがない人が多いだろう。
監督はボン・ジョヴィやモトリー・クルーのビデオクリップを手掛け、「80年代伝説のMTV監督」と呼ばれたウェイン・アイシャム。しかしアイシャムとフロイドの個性は合っていたとは言い難く、このビデオ、初めて観た時の印象は最悪だった。
まず画面全体に青味が強調され、モヤっと霧がかったようなトーンが寒々しい。フィルターかまして「幻想的」にしたつもりだろうが、ギルモアフロイドの指向性はこっちじゃないよ。おかげで色とりどりのヴァリ・ライトが飛び交う照明演出がだいなしだ。さらに、カットをベタ〜っと長くダブらせる編集が多く、しまりがないことおびただしい。ギルモアのギターの手元と歌う顔のどアップの多重合成なんて、暑苦しい上に見づらくてかなわないし、演奏やステージ演出のタイミングをハズした編集も目立ち、フロイドの音楽世界をとらえ損ねているように見えた。実は、1994年のツアーを収録したビデオ『P.U.L.S.E(DVD版邦題「驚異」)』を先に観てしまったせいもあり、とにかくガッカリしたものだ。
問題は演出だけではない。演奏自体も、弾きながらぴょんぴょん飛び跳ねるベース(ガイ・プラット)や、腰を落として大股を開きながら吹くサックス(スコット・ペイジ)など、サポートメンバーたちのはしゃぎっぷりが、むしろピンク・フロイドの品格を落としているように思えてならず、コーラスを務めるボディコン三人娘がクネクネ踊るのをバックに、ギルモアが露天風呂で湯加減を味わうが如き表情でギターを泣かせる姿が、なんともオヤジ臭くて気恥ずかしかった。
さて、それがHD版ではどうなったか。会場に着けば、私は「立ち見上等!」の気分でいちばん安いスタンディング席を取ったのに、前方自由席はパイプ椅子がずらりと配置され、高齢プログレファンに優しい仕様となっていた。スタンディングスペースは「立って騒ぎたい人用」に自由席の両端にちんまり設置されただけ。さすがにわざわざこのスペースにやってくる人は少なく、私も自由席で座って見た。まぁ、やはりというかなんというか、フロイド曲を聞きながら「絶叫」したい日本人はほぼ皆無なようで、自由席の客も特に立ち上がることもなく、黙って聴いていたのでありました。
『ピンク・フロイド The Later Yeares 1987-2019』ジャケット
上映前の前説に登場したのは、2年前にここで『デヴィッド・ギルモア ライブ・アット・ポンペイ』(2017)の極音上映会をやった時と同じく、ロック評論家の伊藤政則。セーソクさんによると、今度出る「ピンク・フロイド The Later Yeares 1987-2019」というアーカイブ・ボックスには、アルバム『鬱(モメンタリー・ラプス・オブ・リーズン)』(1987)の最新リミックス版が収録されるのだが、何が最新かというと各曲の“アップデート版”なるものが入っている。それは『鬱』の曲に、キーボードのリック・ライトのプレイを再ミックスして仕上げ直したものなんだとか。
いやいやいや、そんなもん聞きたいですか、みなさん? ギルモアフロイド1作目である『鬱』が実質ギルモアのソロ・アルバムであることは今や周知の事実。ほんのちょっとしか参加してないリックのプレイを増量したところで贋作が真作になるわけじゃなし、新しいボックスを少しでも多く売るためなんだろうけど、ギルモア先生も商魂たくましくなったものですなぁ、と若干心が冷ややかになったところで上映開始。
十数年ぶりに観る『ピンク・フロイド 光〜PERFECT LIVE!』、まず、80年代のコンサート映像とは思えない画質に驚いた。撮影素材が35㎜フィルムだったおかげで実現した高品質化。『P.U.L.S.E』はビデオ撮りだからこうはいかない。さらに、本来のテレビサイズ(4:3)から現行のワイドテレビ(16:7)にトリミングし直すにあたって、かなり編集に手を加えたようで、オリジナル版よりはるかに観やすくなっている。色調も補正したようだし、しつこい多重合成も控えめで、それぞれのプレイをしっかりとらえた結果、光と音のエンターテインメント・ショーで観客を酔わせる、ライブ・バンドとしてのギルモアフロイドの存在感が、21世紀によみがえった。
『ザ・ウォール』(1979)、『ファイナル・カット』(1983)とロジャー・ウォーターズが主導する時期の重苦しさ、テーマ性から解放され、「わしゃー本来、こういう明るく楽しいショーをやりたかったんじゃー!」、というギルモアの魂の叫びがビシビシと伝わってくる。サポートメンバーの悪ノリが目立つ演奏も、解放感の露呈としてとらえれば貴重なものに聞こえてくるのだから不思議。実際、リック・ライトとニック・メイスンが調子を取り戻し、演奏スタイルが完成した『P.U.L.S.E』のまとまりの良さに比べると、こちらは若手の力を借りながら、「産業ロックで何が悪い!」とプレイを爆走させる様子がいっそすがすがしい。
もっとも、奇跡のフィルム『ピンク・フロイド ライブ・アット・ポンペイ』(1971)で大暴れした若き前衛ミュージシャンたちの姿はここにはない。しかしアーティストの「成熟」を感じさせるひとつの姿ではある。
日本版予告編
そして11月30日、映画『ロジャー・ウォーターズ US+THEM』のプレミア上映のため、新宿ピカデリーへ。世界最高水準のロックショーであったツアーの様子は、2年前に詳細なレポートを書いたので、そちらを参照していただきたい(ロジャー・ウォーターズ US+THEMツアー観賞記 https://ch.nicovideo.jp/t_hotta/blomaga/ar1343862 )。
全国で抽選にしなければいけないほど客が入るのかよ、と心配だったがとりあえずピカデリー3は完売だった。品川のコヤもほぼ満席だったと聞いてひと安心。上映前の登壇ゲストは「またお前か」な伊藤政則。
私と同じくN.Y.で「US+THEM」ツアーを観たというセーソクさん(日にちもいっしょだった)によると、このツアーの来日公演を打診したプロモーターはいくつかあったそうだ。
「しかし、消防法の問題でダメになったみたいです。1階客席の真ん中から壁が出現して会場を左右に分断する演出があるんですが、日本ではあの仕掛けの下に観客を入れられないそうで。そうすると1階席中央ブロックをまるまる無人にしなきゃいけなくなり、それじゃ客数が制限されるから」
ああ、消防法! ロジャーの「狂気」ツアーや「ザ・ウォール」ツアーも、舞台上でふんだんに花火を打ち上げるから、これは日本じゃ消防法的にキツそうだな、と思っていたが、まさか「US+THEM」ツアーでも引っかかるとは。外国でも数万人規模の巨大スタジアムが会場の場合は、あの壁の仕掛けをステージ背後に設置することもあったようだが、それを日本でやるとなれば東京ドーム級の会場を必要とするため、ペイできないということになったのだろう。実に残念。
U2ならさいたまスーパーアリーナが埋まるのになー。現地に観に行っといてヨカッタ。
会場となった新宿ピカデリー3
上映された映画『ロジャー・ウォーターズ US+THEM』は、公演を忠実に記録し、映像で内容を再現するというものではまったくなかった。やはりライブ公演と映画はまったく別物、映画『ロジャー・ウォーターズ ザ・ウォール』(2014)が、ライブの記録映像とロードムービーを混ぜ込んで、ロジャー個人の私映画として独立した作品になっていたように、今回は紛争や暴力に追われる難民たちの姿を中心に、「US(我々)&THEM(彼ら)」の分断から「US+THEM=みんな同じ」の融和を訴えるアジテーション・フィルムとなっていた。
冒頭に映し出されるのは、浜辺に座る難民の女性の後ろ姿、というのはステージと同じだが、映画版では、彼女と難民たちの姿を描く描写が随所にインサートされ、ステージで演奏される楽曲がすべて、「彼らに捧げる歌」であるかのように構成される。
ギルモアフロイドの映画がギターの音色を中心に演者・観客が共に盛り上がる祝祭的な演奏であったのに対し、こちらはロジャーというカリスマを中心にしつつも、主題となる地球上の悲劇を決して忘れさせない理知的な演奏で、熱狂する観客たちの姿も含め、ひとつのコンセプトで統一された映像作品に仕上がっている。前作『ザ・ウォール』同様、ヴィジュアル・ディレクターのショーン・エヴァンスによる編集がじつに巧みだ。
実際、この構成で演奏を聞かされると、かつては「内省的」といわれたフロイド楽曲が、まったく現代への批評性を失っていないことに改めて驚かされる。ロジャーの新作アルバムから演奏する曲が、21世紀の紛争や難民問題を扱っているのは当然だが、おなじみの「吹けよ風、呼べよ嵐」が日常に忍び寄る暴力を、「ようこそマシーンへ」が体制に飲み込まれてゆく現代人を、「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」が思想統制を望む権力者の存在を、「あなたがここにいてほしい」がテロや戦争、災害で喪われた人々への思いを、「ドッグ」が無縁社会における人間の孤独を、それぞれ視野に含んでいることがまざまざと浮かび上がる。優れた芸術作品の多くは過去と未来の両方に開かれているものだが、ピンク・フロイドの曲もまた「当時」の殻に閉じ込められてはいなかった。
後半の「ドナルド・トランプ=豚」を強調する演出ばかり報道されたこのツアーだが、映画『US+THEM』では「我々」と「彼ら」分断する、権力者や金満家を批判する曲として「ピッグ」が演奏され、トランプはそのわかりやすい象徴に過ぎない。映画版では続く「マネー」の冒頭にトランプの罵声をエフェクトとして使用、各国首脳の顔をモンタージュした上、間奏部には核爆発による世界滅亡のイメージをダメ押ししていることから、曲を単なる「資本家批判」のイメージから拡大していることは明確だ。ネットでは「リベラルなアーティストがまだ戦争も虐殺もしてないトランプを批判するのは偽善。本物なら習近平を批判すべきでしょ〜」とか言うこざかしい連中が目立つが、ロジャーの危機意識はもはやそういう呑気なレベルではない(その種の冷笑家の姿がすでに「ドッグ」で描かれているのもビックリだ)。権力者や金満家が世界を支配する状況、これを放置したらえらいことになるぞ、そのためには「抵抗(RESIST)あるのみ」、と強く訴えかける。
驚いたのは、ステージでは感動的な盛り上がりを見せたアンコール曲「コンフォタブリー・ナム」をバッサリとカットしていたこと。これぞ「Comfortably Numb(心地よい無痛感)にひたってる場合じゃねーよ!」というチコちゃんばりのメッセージ。映画『US+THEM』のセットリストはアルバム「狂気」冒頭の「スピーク・トゥ・ミー」で始まり、「狂気」結末の「狂人は心に〜狂気日食」のメドレーで終わる。レーザーで描かれた巨大な三角形が浮かぶ会場に、球体(月の裏側)が出現して横切ってゆく。一方、映像では改めて難民の女性と浜辺を遊ぶ少女の姿が描かれ、彼女たちが抱き合う姿でエンディング。「あの太陽の下、すべては調和を保っている。しかし、その太陽はじょじょに月に侵食されてゆく」という最後の歌詞も、現代に向けた希望と不安として受け止められる。
ステージで演奏された「コンフォタブリー・ナム」においても、曲の内容とは裏腹に「快楽に陶酔したままでいいのか?」というロジャーの声を感じたものだが、映画版『US+THEM』では、「我々」と「彼ら」がいかに協調できるか、という問題提起を、観客に必ず持ち帰ってほしい、という強い意図を感じた。エンドクレジットで歌うのも有色人種の子供たちで、子供に未来と希望を託す、いささか甘い結末も、ロジャーが脚本を書いたアラン・パーカー監督『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』(1982)から変わらない。
アンコールがカットされた代わりに、「fleeting glimpse」という15分の短編ドキュメンタリーが同時上映され、ツアーのメイキングを見せてくれた。リハーサルとして断片的に演奏されるのが「コンフォタブリー・ナム」なので意地が悪い(笑)。座長としてのロジャーの振る舞いがなかなか可愛いですぞ。
ここで謎だったのは、最後にファンから握手を求められた際、ロジャーが「握手はできないんだ」と断っていたこと。「クソまみれでね。菌を持ってるから」などと言っていたが、どういう意味だろう。ステージではいつも、アンコールの間奏に舞台を降り、最前列のファンと触れ合っていたのだが、映像を見ると、その際もロジャーは手を伸ばすファンに、指先でチョンと触れるか肘をつつくだけで確かに握手をしていない。ロジャーは潔癖症なのか? それとも金正男暗殺犯のようなヒットマンを警戒してのこと?
ともあれ、『ピンク・フロイド ライブ・アット・ポンペイ』でふてぶてしく生意気な態度を取っていた兄ちゃんは、今も怒れる後期高齢者として、熱く権力への反抗を呼びかけていた。来年には、早くも北米とメキシコで新たなツアーを計画中だそうで、もちろんアメリカ大統領選に向けてのアジテーションだろう。
2005年〜6年の「狂気ツアー」と2010年〜2013年の「ザ・ウォール」ツアーで、自身のキャリアを総括し、「終活」に入っていた感のあるロジャー・ウォーターズ。しかし、トランプ大統領爆誕というニュースによって、その創造エンジンには新たな炎が灯った。「ピンク・フロイドの頭脳」は成熟を拒否し、まだまだ現在進行中だ。