
2週間ほど前に仕事が一段落したので、新作映画を見て回る日々が続いている。真っ先に観た一本が、黒沢清『蛇の道』のリメイク版。初見時の時のことをちょっと思い出したのでメモしておきたい。
正直、このリメイクは不安だった。なにしろ私にとって『蛇の道』(1998)は黒沢清ベストの一本。一方でフランスでロケした『ダゲレオタイプの女』は黒沢清ワーストの一本として記憶されている。過剰な期待と失敗の予感が混ざり合って、かなりのバイアスがかかっていた。
ところが、蓋を開けてみれば黒沢清の円熟ぶりを申し分なく楽しめる作品に仕上がっていたので驚いた。歩く不条理のような哀川翔は低体温で真意の読めない柴咲コウに生まれ変わり、黒沢演出の“不穏さ”を魅せるテクニックは、パリを舞台にすることでオリジナルの安っぽさから醸される禍々しさとは別種の官能性が匂い立つ。
さらに言えば、あんなトレーニングジムの更衣室で人を拉致しようとして誰かに見つからないのかとか(乱闘になってるし!)、黒幕の「財団」とやらは、児童福祉の組織らしいが何をやって儲けてなぜあんなことをしているのかとか、「はて?」な点の連続でリアリティが歪んでゆくデタラメ万歳の黒沢ワールドも、きちんと継承されていた。
が、「復讐劇」の体裁を取りながらその構図からどんどん逸脱してゆく残酷劇だったオリジナルに比べると、リメイク版はどこまでも柴咲コウと共に「復讐」の構図に寄り添っているのが少し物足らない点でもある。むしろ、高橋洋の個性に拠った『蛇の道』よりも、黒沢自身が脚本を書いた姉妹編『蜘蛛の瞳』(1998)こそが、ベケットやイヨネスコの国でのリメイクにふさわしかったかもしれない。
ちなみにリメイク版のポスター、オリジナル版の再現かと思いきや、袋を引きずった跡が蛇のあった跡のように見えるようにデザインされている。するとオリジナル版も、草原を駆ける二人こそがは「蛇の頭」だったということだ。そんなことにも気付かされた。
オリジナル版の『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』は当時多かった2本分を一挙に撮影するタイプのVシネマだったが、「劇場公開作品」の拍付けをするため、1998年2月と4月に中野武蔵野ホールでそれぞれ2週間のレイトショー公開もされている。
私が初めて『蛇の道』を観たのは、公開に先駆けること2カ月前、1997年12月14日に中野武蔵野ホールで開催された黒沢清特集の特別上映。この日、8ミリ作品の『School Days』(1978)と『しがらみ学園』(1980)を観に行った私は、レイトショーで新作の特別上映をやるというので、居座って観賞したのだ。
当時、黒沢清の新作を観るのは『地獄の警備員』(1992)以来。『CURE』(1997)の公開直前で、直前のVシネマ『復讐・運命の訪問者』(1997)と『復讐・消えない傷跡』(1997)は見逃していた。そのため『蛇の道』はまったくの不意打ちで、初めから終わりまで殴られているようなショックを与えられた。「黒沢清はいつの間にこんなレベルに到達していたのか……」と呆然としたのを覚えている。
上映に先立って(後だったかな?)、筒井武文を司会に、『蛇の道』脚本家の高橋洋、『月光の囁き』で商業監督デビューする前の塩田明彦、そして黒沢清本人の4人が並んだトークショーがあった。司会の筒井氏が、「皆さんの黒沢作品ベストを挙げるとしたら?」の質問に、高橋洋は『School Days』、塩田明彦は『地獄の警備員』、そして黒沢清は『勝手にしやがれ!! 成金計画』(1996)を挙げていた。
さらに黒沢監督は『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』で田村正毅キャメラマンと仕事した感想を訊ねられ、
「ぼくは役者の動かし方やコンテは考えるけど、あとはキャメラマンまかせなんです。カメラも覗きません。低予算の現場はモニターもないし。なので田村さんにも『自由にやってください、なんなら人物が画面から切れちゃってもかまいませんから』と言っておいたんですね。でも、ラッシュ観たら2ショットなのに、役者が二人とも画面から切れちゃってて……。『切れてもいい』とは言ったけどさぁ(笑)。とにかく驚かされる方でした」
と苦笑したのを覚えているが、これは『蜘蛛の瞳』で主人公の哀川翔と妻役の大沢逸美が向き合って食事する場面のことだろう。二人の半身が画面からはみ出し、中央の空間が、この二人の距離を絶妙に表現していた。その後、田村正毅は青山真治と組むようになり、黒沢作品を撮ることは二度となかった。
『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』の2本は、『CURE』を撮った直後の黒沢清、『女優霊』を書いた直後の高橋洋、『Helpless』や『2/デュオ』を撮った時期の田村正毅の出会いによって生まれた奇跡の作品だったことは間違いない。今年もぞくぞくと新作の公開が相次ぐ黒沢清だが、このような奇跡の出会いを求めて今も模索を続けているのだろうな、と改めて思わされるリメイクだった。