星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

2020年に観た映画から……


片岡一郎『活動写真弁史 映画に魂を吹き込む人びと』(共和国)

 「早いもので、2020年も本日で終了ということになりました。年末恒例のベスト・テンをうかがいたいのですが」

 「いやぁ〜、今年はコロナ禍で長い休業期間が挟まれるは、休業が明ければ怒涛のつめこみスケジュールに振り回されるわで、とても新作映画を観る時間が作れなかったんだよ」

 「それじゃ年々減りつつあった映画観賞本数が、今年はガクンと減ったわけですね?」

 「驚くなかれ、去年の半分以下ですよ。休業期間中はためこんでいた旧作ソフトや配信映画を観ることもできたんだが、下半期は新作のチェックがさっぱり……」

 「じゃあ、去年に続いて今年もベスト・テン選出は棄権ということで」

 「と、思ったんだが数少ない観賞数の中から、気に入った映画を並べたらちょうど10本になったのだ。2020年という特殊な年のメモリアルとして、いちおう公開しておこう」

1.パラサイト 半地下の家族(ポン・ジュノ

2.異端の鳥(イェジー・コシンスキ)

3.スパイの妻(黒沢清

4.Mank/マンク(デヴィッド・フィンチャー

5.ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー(オリヴィア・ワイルド

6.ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密(ライアン・ジョンソン

7.ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋(ジョナサン・レヴィン

8.テリー・ギリアムドン・キホーテテリー・ギリアム

9.魔女がいっぱい(ロバート・ゼメキス

10.ストーリー・オブ・マイライフ 私の若草物語(グレタ・ガーヴィグ)

 

 「ふーむ、ベスト3以外は全部、英語の映画ですね」

 「まぁ、単館公開や小さな上映会までのぞきに行く余裕がなかったのと、世評と自分の評価が大きく食い違う作品も多かったのでね。それから、日本映画は新作がほとんど観られなかった。『アルプススタンドのはしの方』や『れいこいるか』、『夏、至るころ』、『ミセス・ノイズィ』、『私をくいとめて』などの話題作はそのうち観るつもり」

 「それにしても副題のついたタイトルが多いですねぇ」

 「だろ? 私が子供のころは、最近の洋画はカタカナ題名ばかりで内容の見当がつきにくい、などとオールドファンが嘆いたものだが、今じゃ説明的な副題をつけるのが大流行だ。日本人は余白の美を愛する国民性、などとよく言われるが本当かね? 少なくとも広告の分野ではまったく逆で、しつこいぐらいに文字を使って『意味』を押し付けてくるじゃないか」

 「往年の名作映画も、再公開の際には改めて副題がつくかもしれませんね」

 「カサブランカ 君の瞳に乾杯』なんてのは勘弁してほしいよ」

 「『サイコ ベイツ・モーテルの恐怖』なんてのはどうでしょう?」

 「まったくヒネりがなくて逆にありそうだな。じゃ、『ライムライト 老いらくの恋』はどうだ?」

 「“老いらくの恋”って言葉じたいが古すぎて意味が通じるか不安ですが。では、タルコフスキー『ストーカー 禁止領域へようこそ』

 「むむ、確かに『ストーカー』って言葉は別の意味で定着してしまったので、今だと副題が必要だと考えるアホがいるかもしれん」

 「今年の映画だと『1917 命をかけた伝令』だとか『シチリアーノ 裏切りの美学』とかいろいろありましたね」

 「『シチリアーノ』なんて原題は“The Traitor”(裏切り者)だもんな。それを言ったら『ストーリー・オブ・マイライフ 私の若草物語』は原題が“Little Women”なんだから普通に『若草物語』でいいだろう。なんでこんなに長たらしくするんだ?」

 「たぶん、『若草物語』のままじゃクラシックな文芸映画のイメージを持たれてしまうので、どうにか今っぽさを出したかったのでは」

 「確かに、グレタ・ガーヴィグの新作は原作の『若草物語』が持つ現代的視点を巧みに抽出した佳作だったから、なんとかして今の観客に届けたいと思うのはわかるけど」

 「格差問題を大胆な構図で物語化した『パラサイト』にしろ、ラブコメ映画の図式を更新させた『ロング・ショット』にしろ、印象に残る映画はやはり“現代”と切り結んだ作品といえそうですね」

 「それだけじゃなくて『Mank/マンク』や『スパイの妻』のような作品でさえも、決して懐古調や趣味性に溺れぬ現代性を掴んでいたし、『魔女がいっぱい』もロアルド・ダール原作にBLM運動の盛り上がりを意識したとしか思えない脚色を加えている。今年随一のメガヒット作『鬼滅の刃 無限列車編』だって、実力主義による“強者の美学”を語る鬼たちが跋扈する状況に、必死の抵抗を見せる主人公たちを描いて、“よく働く者への挽歌”のパターンへ巧みに収斂させた作品と見ることも可能だ」

 「今後の映像作品は、劇場公開だけでなく配信公開もあるし、視聴形態もさまざま。“現代”を掴むことはもちろん、“受け手”をどう意識するのかというプロデュース戦略も求められそうですね」

 「そういえば先日、『活動写真弁史 映画に魂を吹き込む人びと』という分厚い本を読んだんだけどさ」

 「現役の活動写真弁士である片岡一郎さんが書いた、弁士の歴史をまとめた本ですね」

 「まさに労作、という言葉がふさわしい一冊でね。19世紀末に誕生した映画が、風景描写や日常スケッチから、ニュース報道や劇場での芸事の記録、歴史再現ショー、さらに“物語”を得て演出テクニックを磨いていった時代、これに並走する形で進化していった弁士の歴史を『ある生き物の記録』さながらに紹介した内容で、映画史としても芸人伝としてもじつに面白い。しかも、これまたノスタルジー一本槍な内容ではなかったんだよなぁ。今、アニメ大国となった日本では『声優』が大人気だが、声優ブームが発展する過程で起こる出来事は、だいたい弁士人気が盛り上がったころにも起こっていた、と言って過言ではなさそうだ」

 「そういえば、声優さんが特集されるテレビ番組では、その場でアフレコをやってみせるショーがつきものですよね。私なんか、ファンはあれの何を面白がっているのか、正直なところ不思議だったんですが……」

 「うん、日本人は琵琶法師の昔から、『語り芸』を尊ぶ歴史があり、それは義太夫浪曲、講談に落語へと受け継がれているわけだが、映像文化においても映し絵や覗きからくり、パノラマなど口上がつくことで完成する表現が多かった。平面で完結している映像に、『声』の要素を付け加えることで立体的なライブショーとして楽しみたい、という独特の感覚があるらしいんだな。もちろん、これを『邪魔』と考えるインテリたちも、当時からいた」

 「へぇ、洋画のタイトルやポスターに文字情報をたっぷり付け加えたがる感覚にも通じるんですかね」

 「近年では、チャップリンの無声短編に複数の声優がライブでアテレコする『声優口演』というステージショーがあったが、活動写真弁士の創成期には、まさにそのような『声色弁士』と呼ばれる一団がいて、生アフレコ形式で公演していたこともあったそうだ。ぜんぜん知らなかったよ」

 「昔の弁士たちは、ビデオがないから説明用の台本を作成するのが大変だったでしょうね」

 「著者が現役の弁士だから、そういう“語り芸”の中身にも注目しており、現存資料から当時の説明のスタイルをいろいろ紹介してくれているのも嬉しいところだよ。そうやって三十年あまりかけて発展した映画説明者の文化が、トーキーの到来によってたちまち大絶滅へと至る……。映像文化の周辺でメシを食ってる人間にとっては他人事に思えない内容です」

 「なるほど、本日も国内感染者数は4515人と劇的に増加中、社会的距離とマスク着用がマナーとみなされるようになった社会で、映像文化の世界もなんらかの変化が起こることは間違いない、と」

 「実際、リモート会議がこんなに普及するなんて一年前には想像もつかなかったわけだからさ。われわれ業界のはしくれにいる者も、絶滅しないよう常にリスク・シナリオ・プランニングを練っておく必要はあるだろう。このブログも、まとまった文章を書く時間が取りづらいこともあるが、もっと短いコラム的な内容にして、その代わり更新頻度を上げてゆくことを考えている。“現在”の記録になることを意識してね」

 「はいはい、新年に向けての決意らしく、三日坊主で終わらないようにしてくださいよ。それではみなさん、来年もどうぞよろしくお願いします」

活動写真弁士・澤登翠による説明付きのフリッツ・ラング監督『ニーベルンゲン クリームヒルトの復讐』