星虹堂通信

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生誕百年記念〜岩本知恵『安部公房と境界』と鳥羽耕次『安部公房 消しゴムで書く』

 安部公房生誕百年を記念して、先日は「現代思想」が『総特集=安部公房』を出版したし、神奈川近代文学館で特別展「安部公房-21世紀文学の基軸」が本日からスタート。生誕百年のお祭りもいよいよクライマックスを迎えつつある。

 

 そんな記念の年に刊行された2冊の研究書を紹介しよう。

 まずは岩本知恵『安部公房と境界 未だ/既に存在しない他者たちへ』(春風社)。タイトルの中にも、「/」で境界を作っているというのがまずニクい。

 これまで「変身」とか「失踪」とか「疎外」とかのキーワードで語られることの多かった安部公房文学を「境界」という缶切りでこじ開ける試みだ。

 境界といったって、安部文学における越境感覚を論じるなら、そんなに目新しい視点でもないのでは? と訝しみつつ読み始めてみると、いきなり、ジュリア・クリスティヴァジュディス・バトラーテレサ・デ・ラウレティスらが盛大に引用されるので面食らった。思わず身構えてしまったものの、最近流行のジェンダー批評やクィア理論という「新しい物差し」で安部文学を再点検し、そのミソジニー性にダメ出しする、といった類の内容ではないのでご安心を。

 展開するのは、海外の文芸理論を参照しながら、安部文学における「境界」の描かれ方を再確認すると、その豊穣な面白さが意外な形で浮かび上がってきやしませんか、という提案型の批評。安部作品の研究って、ついメタファーの解読作業にかまけたり、執筆背景の事実確認だけに陥りがちなのだけど、こちらは作品への光の当て方に周到な工夫が凝らされている。

 チェックされる境界とは『赤い繭』の「体」、『飢えた皮膚』の「皮膚」、『幽霊はここにいる』の「実在/非実在」、『人魚伝』の「欲望」、『他人の顔』の「外見」……。白眉はやはり巻末の『第四間氷期』論だろう。

 予言機械によって生み出された水棲人間の子供たち、このイメージをジョルジュ・アガンベンホモ・サケル(聖なる人間)」の思想を借りて捉えなおし、優生思想をめぐる物語として作品のメロドラマ構造を分解する手法はユニークで、安部文学が今も腐らず、世界中で読み続けられる秘密の一端を、1991年生まれの著者から教えられた気持ち。

 

 そしてもう一冊は、鳥羽耕次『安部公房 消しゴムで書く』(ミネルヴァ書房)。

 出版予告が出たのは10年以上前。まさか安部公房全集30巻」より待たされるとは思わなんだ。しかし待った甲斐のある一冊です!

 安部公房の評伝というと、全集の編集メンバーだった宮西忠正による『安部公房・荒野の人』がすでにあり、謎の多かった前半生の情報収集に力を入れた一冊ではあったが、『砂の女』以後が早急で全体にシノプシス(あらすじ)めいてしまう物足りなさがあった。それだけ安部公房という作家の行動範囲と作品世界はぶ厚いのである。

 

 満を持して登場した評伝第2弾が『安部公房 消しゴムで書く』。

 もともと、安部公房は「作品」だけが読まれ、「作家」の存在は消し去られるのを理想と考えていた。だから私小説は書かないし、年譜も脚色して過去を隠蔽してしまう。しかし複数のジャンルにわたる多彩な創作活動の舞台裏には、安部文学を読み解くための重要なヒントが数多く散りばめられているのも事実であり、熱心な読者ほどそのヒントを嗅ぎ回りたくなってしまうもの。本書は丹念に収集した事実関係や周辺人物の証言を、主観的な推測や批評は最小限にとどめつつ、ひたすら列挙してゆく。

 コンセプトは「消しゴムで書く」という安部公房自身の言葉。小説・演劇・映画・ラジオドラマ・テレビドラマと、メディアを横断しながら作品のモチーフをふくらませてゆく作家の執筆過程を追うだけでなく、デビュー作『終わりし道の標べに』や短編『デンドロカカリヤ』、戯曲『どれい狩り』など、加筆修正が行われた別バージョンが存在する作品に、何が書き加えられて何が削られたのか、その意図は何なのかを執拗にチェックしてゆく。

 じつは、こうした加筆修正作業は初期の詩の段階から始まり、後年まで繰り返されていたという。そうした安部独特の「消しゴム」の使い方を調査するため、アメリカはコロンビア大学まで赴き、1950年代に書かれたコラムの掲載誌とエッセイ集に収録された版との違いを確認するのだから、すさまじい。

 安部が1960年代にニッカウイスキーのCMに出ていたとか、アメリカでアソル・フガード『シズウェは死んだ!?』を観て感動したとか、まったく知らなかったエピソードもぞくぞくと登場。驚いたのは、1986年に安部公房が発明したタイヤ・チェーン「チェニジー」が第10回国際発明エキスポで銅賞を受賞したという、ファンには有名な一件について。この「国際発明エキスポ」という賞、じつは中松義郎ことドクター中松が会長を務める団体が主催で中松が毎年グランプリを受賞する、きわめてローカルな賞だという。西武が宣伝用に応募したものだったらしいが、これには笑ってしまった。

 

 また、全体で344ページある本書だが、ちょうど170ページあたりが「転換点」となる1964年になっているのも凝った演出。つまり、満州から引き揚げてきた住所不定の自称詩人が、『砂の女』執筆とその映画化、海外出版を通じて前衛のトップランナーへと上り詰める姿が描かれる前半部が1964年まで。後半部は、外車を次々と乗り回し、高級ホテルを仕事場に使う世界的名士となった作家が、自ら主催する劇団で初期作品の「書き換え」を行いつつ、新たなる表現を模索して批評家や観客の反応に悪戦苦闘する孤独な姿。

「告白小説家は常に職業危機にあるのだ。苦労話を書いて有名になるから、賞を貰って金持ちになったら告白できるものがなくなるのだ」、と安部公房私小説作家を否定したそうだが、じつはその言葉は苦しい状況で世界を見ることからモチーフを掴み出す前衛作家にも向けられる。外国に翻訳された作品が、「日本的」なある種のオリエンタリズムで捉えられがちなことに反発を抱き、より抽象的、より普遍的な表現獲得をめざして取り組んだのが、後期の作品群や安部公房スタジオの実験演劇だったのか、と初めて腑に落ちた。

 今後の安部公房研究に欠かせない一冊になることは間違いないが、安部文学にくわしくない読者が純粋に「芸術家の伝記」として読んでも、戦後の復興とともにアップデートを続ける安部公房柔軟な運動能力に驚くことができるだろう。

 

 非常にマニアックな一冊だが、ミスや誤植がいくつかあり、重要なものを指摘しておく。

 まずp23で、安部のデビュー作『終りし道の標べに』を賞賛する評を三島由紀夫が書いたエピソード。この二人が「対面を果たすのは一五年ほど後になる」とあるが、これは「一年ほど後になる」の誤植だろう。

 さらにp110の、安部公房が仙川に家を建てたエピソード。この土地は「『おとし穴』のシナリオ料の代わりとして」勅使河原宏から譲り受けた、とあるのだが家が建ったのは1959年。『おとし穴』の原作となるテレビドラマ『煉獄』の放送が1960年で、勅使河原はこの放送を見て映画化を企画するのだから時制が合わない。さらなる調査が望まれる一件である。