星虹堂通信

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泣き笑い人生模様〜『おちょやん』最終回と萩尾望都『一度きりの大泉の話』

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 NHKの朝ドラ『おちょやん』が最終回を迎えた。

 この数年、改めて朝ドラをチェックしているのだけど、『おちょやん』はもっとも見応えある作品だった。全話の録画をBlu-rayに焼き、保存盤を作成したのはあまちゃん』以来のこと。まぁ、私は舞台とか撮影所とか「劇中劇」が出てくる話が好きで、人間描写と物語構造を多重化させやすいこの仕掛け、脚本家・演出家がどんな手で攻めてくるのかをいつも楽しみにしている。今回の八津弘幸による脚本は、実際の松竹新喜劇の戯曲を引用しながら、ドラマの物語と人間関係が反響しあう構造を維持していて、人物造形も最後までツボを外さなかった。さらに杉咲花成田凌いう上り調子なスターの魅力を上手に掬い取った演出も特筆モノで、わきのキャスティングもよく練られていたと思う。

 しかし最終週、千代が道頓堀の劇場で一平と再共演を果たし、これまでの人生を全肯定、出会った人々すべてを家族に迎え、役でも実生活でも「母」を演じながら生きていくというラストは、幸福感ある大団円とはいえ、いささか「涙」で押し気味の急展開に思えなくもなかった。ラジオドラマで全国区の人気者となった千代が、映画・テレビドラマの世界でひっぱりだことなり、文字通り「大阪のお母ちゃん」と認知され、それぞれの子供も大きくなってから、改めて一平との「腐れ縁」が復活する、という時間をかけた展開の方が、“All Ways Looking Bright Side of Life(常に人生の明るいところを見て歩こう)”な印象を抱けたのでは……。

『おちょやん』は本来、全125話で構想されていたのが、コロナ禍による放送日程見直しで115回にされたらしいので、いろいろ圧縮せざるを得なかった事情があるのかもしれない。

 

 そんなことが気になったのは、モデルとなった浪花千栄子は離婚後、元夫・渋谷天外との共演を拒み続けた、という史実を知っているからだろう。正確には、テレビの企画でどうしても共演しなければならなくなったことが一度あったようだが、浪花千栄子曰く、「(天外が老けてて)がっかりしました」という感想だったそう。『おちょやん』の結末を知ったら、

「ちょっと、勝手にエエ話にせんといてくなはれ!」

 と苦情を申し立てにくるかもしれぬ。

 

 思い出したのは、先日読み終えた、萩尾望都の語りおろし自伝『一度きりの大泉の話』。私は熱心な萩尾ファンというわけではないが、各SNSで、少女漫画に造詣が深いみなさんの間で大評判になっていたので、ついついゴシップ的興味で取り寄せてしまった。

 竹宮惠子萩尾望都はある時期まで親密だったが、今では距離を置いている、という話はぼんやり知っていたし、「大泉サロン」という言葉もどこかで聞いた気がするが、あまりくわしくはなかった。公平を期するため、2016年に出た竹宮惠子の自伝『少年の名はジルベール』もKindleで購入、2冊を一気に読み終えた。

「へぇ〜!」と言いたくなる少女漫画変革期の貴重なエピソードの数々が目白押しだが、じつは私、少年愛モチーフの作品としては萩尾望都の『トーマの心臓』(1974~)が先にあり、竹宮惠子の『風と木の詩』(1976~)は描写をえげつなくさせた追随者の作品だと思い込んでおりました。モチーフへの関心も作品の構想も、竹宮惠子の方がはるかに先行していたとはつゆ知らず……。だって発表順でいえば『トーマの心臓』が先なんだからしかたがない。

 そして、このような「誤解」が広まることを、1973年の時点で竹宮惠子は恐れていたのだ、という事実が、ずっしりと重く感じられた。

 

 二人が「決別」に至った事情については、性格の違う表現者が共同生活を送る上でいかにも起こりそうな出来事だが、私にとってひときわ興味深く思えたのは、二人をつなぐ増山法恵という人物の存在だ。

 ケーコタン(竹宮惠子)のマネージャーのノンタン増山法恵)といえば、中島梓の『美少年学入門』に収録された座談会(メンバーは中島梓竹宮惠子増山法恵ささやななえこ、羅亜苦)で、

変声期を迎えた後の少年にはなんの興味もないッ!」

 とラディカルな発言をした人、として記憶されていたのだが、今回この2冊を読むことで、彼女が音大志望でウイーン少年合唱団に入れ込んでいたと知っていろいろ腑に落ちた。大泉サロンは増山法恵の家の目の前にあり、彼女は教え魔の文化啓蒙者として、文学・映画・音楽・美術に関する教養を竹宮・萩尾に注ぎ込み、ネームの批評や作品分析を口うるさく続けていた。やがて竹宮惠子の分身的存在へとおさまっていった増山は、自分が長く構想していた『変奏曲』を竹宮に描かせている(というのも今回初めて知った)。

 

 わけても「少年愛」については、完全に増山法恵が理論的イデオローグであり、この二人だけでなく、出入りするファン・漫画家にまで、布教活動が行われていたという。すでに稲垣足穂少年愛の美学』を読んでその道にハマっていた竹宮惠子にとっては、教養豊かな「同好の士」との出会いは運命的なものに思えただろう。一方、SFファンから出発した萩尾望都は、二人の熱中を「ついていけない」と半ば呆れながら、理解できる部分だけ取り入れて『11月のギムナジウム』のような作品を描き上げてしまうのだから、これは恐ろしい。

 

 ちなみに『美少年学入門』には、『風と木の詩』の連載を終えた竹宮惠子中島梓の対談も収録されている。二人とも、「少年愛の時代は終わった!」と、すっかり狐が落ちた感じで喋っているのが今読むと可笑しいが、この中で竹宮は『風と木の詩』には続編の構想がある、という内容を語っている。

 しかし、それは描かれることなく、1992年になって『神の子羊』というタイトルの小説として刊行された。作者は「のりす・はーぜ」。増山法恵の筆名である。未読だが、『風と木』ファンにとってはどんな作品に映ったのか改めて気になった。そして、あれだけの思い入れを込めた『風と木の詩』の続編を、「あえて描くまでもない」と増山に託してしまった竹宮の心境というのも、やはり気になるのだった。

 

 次は、増山法恵の視点による「少女漫画と少年愛」の歴史について読んでみたいものだ。