星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

緊急事態宣言下に観たドラマと映画〜『今ここにある危機とぼくの好感度について』、そして『ゾッキ』と『裏ゾッキ』

 

f:id:goldenpicnics:20210530232900j:plain

 

 三度目の緊急事態宣言がまたまた延長され、いろんな業界が休業なのか時短なのか、ワクチン接種はどうなるのかとゴタゴタしている今日このごろですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 

 さて、NHKドラマ『今、ここにある危機とぼくの好感度について』が最終回を迎えましたな。いやぁ、後半はあからさまにコロナ禍と東京五輪をめぐる「今」の日本を諷刺する内容で、いくらなんでも早すぎる上にタイムリーすぎる物語、よく製作できたものです。

 たぶん、企画が決定しした時点ではこの内容は想定しておらず、昨年の緊急事態宣言下にスケジュール含め構想をまとめ直したのではないかと想像しますが、まさか最終回に至っても現実世界では緊急事態宣言がだらだらと続き、東京オリンピックも開催の是非をめぐって激論が続いているとは思っていなかったことでしょう。しかし、仮に撮影中にあっさり「東京オリンピック中止」が決まっていたら、ドラマの訴求力がかなり限定されたことは間違いなく、それでも脚本の渡辺あやはじめ制作陣は「絶対そんなことにはならないハズ」と、現政権のレベルを読み切っていたということで、その豪胆な作家性に改めて感服です。

 このドラマの狙いが、『スミス都へ行く』や『群衆』など、往年のフランク・キャプラ監督の社会諷刺コメディにあることは、2話を観たあたりで気がつきました。しかし、最終回は「理想主義者が悪役を打倒する」という半沢直樹的ロマンティシズムではなく、日本の腐敗の根源にあるのは、「和を以て尊しと為す」を盾に沈黙を選び、責任追求を避ける、好感度重視の日本人の性質そのものではないか、と突きつけるあたり、しっかり新世紀版のキャプラ劇に更新されていたと言えましょう。

 それにしても、松坂桃李は「頼りない二枚目」が似合う役者になりましたな。テレ朝の『あの時キスしておけば』もなかなか好調ではないですか。

 

f:id:goldenpicnics:20210530232221j:plain

 

 シネコンが閉鎖されているので、新作映画をほとんど観に行けないのですが、それでも全編を愛知県蒲郡市でロケしたという『ゾッキ』は観ました。いちおう出身者なので気になりまして。

 

 監督は竹中直人斎藤工山田孝之の共同で、原作は大橋裕之の初期短編集。蒲郡出身のマンガ家といえば、昔は高信太郎でしたが(中学生の頃にサイン会に行ったのよ!)、今やすっかり大橋裕之

 大橋作品は往年の『ガロ』掲載マンガを思わせる不条理ナンセンスですが、蛭子能収のようなアートな気配も、渋谷直角のようなサブカル好きに刺さる批評的センスもなく、削ぎ落とした線の中にそこはかとなくハートウォーミングな雰囲気が漂うのが特徴です。今回は線の少ない大橋タッチを意識したのか、脚色でドラマ的な要素を足すことを徹底的に避け、原作の「余白感」を実写の中で再現しようとしているところを興味深く感じました。ロケ場所も、あえて蒲郡の特色ある風景を外し、西浦半島の先の方のひときわ辺鄙な地域を中心に撮っており、その「絵にならなさ」がなるほど大橋マンガっぽい。

 この作品の舞台裏を撮った『裏ゾッキ』(監督・篠原利恵)というドキュメンタリー映画も公開されており、うっかりそちらを先に観てしまったのですが、プロデューサーも兼ねる山田孝之がロケハンで蒲郡の地を案内されながら、

「いやぁ、絵になるところばかりで……」

 とお世辞を言っているのを聞き、「んなワケあるか〜い!」と心の中で突っ込んでしまいましたが、映像になったものを見ると、ナルホドこういう狙いでしたか、と妙に納得。

 私は映画監督としての竹中直人のファンで、彼の監督デビュー作『無能の人』(1991)は、つげ義春原作の映像化作品では、未だトップクラスのものだと思っています。今回は脚本段階でエピソードがシャッフルされた構成(脚本・倉持裕)を、3人の監督が挿話ごとにそれぞれ演出を分担、あるいは共同で演出したりで撮影を進め、それでいて「出演」は誰もせず、集めた素材を編集して完成させたのだとか。石井輝男監督が晩年につげ義春原作の『ゲンセンカン主人』や『ねじ式』を映画化していますが、あれは完全に趣味の世界に没入したものだったことを思うと、映画製作に関心が高い後輩を招き入れて共同作業にすることで、思い入れで突っ走るのではなく、原作エピソードの味わいのバラつき具合を再現しようとする姿勢に、竹中監督の戦略を感じました。

 

 そして『裏ゾッキ』の製作はテレビマンユニオン伊丹十三作品のころから映画のメイキング番組がお家芸の制作会社ですが、今回は映画製作の舞台裏ではなく、ロケ地に設定された蒲郡市の人々が主役となる、ローカルドキュメンタリーとなっていました。漁港と蜜柑畑以外なにもなく、有名なのはせいぜい競艇場と温泉、それにラグーナテンボスとクラシックホテルに日本最小の水族館という、コロナ禍になりゃいずれも瀕死。そんな「活性化」のネタに飢えた田舎の人たちが、映画のロケ隊という「まれびと」をいかにしてもてなすか、涙ぐましい努力が綴られています。

 しかも迎え入れたのがアングラ映画と言っていい『ゾッキ』ですからね。盛大な打ち入りパーティーの席で、斎藤工山田孝之が「みんな原作読んでるのかな?」と戸惑っている様子がなんとも可笑しかったですが、私が蒲郡を出て長い月日が経つ間に、あの閉鎖的な土地柄もずいぶん変わったものだと思いました(法螺貝を吹く喫茶店主人なんて初めて知ったよ)。

 

 とりあえず今度帰省したら、カフェ「ヤミー/Yummy」のパンを買いに行くとしましょう。年末年始にしか帰らないので、開店の日になかなか行き当たらないのですが……。