星虹堂通信

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没後30年 英国時代のデヴィッド・リーンを観る

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David Lean(1908〜1991)

 2021年は、映画監督デヴィッド・リーン(1908〜1991)の没後30年にあたるのだが、映画ファンの間で特にその話題が出ることはなかったようだ。『戦場にかける橋』(1957)や『アラビアのロレンス』(1962)の巨匠も、その名声に比して省みられることが少ない気がする。そういえば、映画マニアというのはえてして「あの監督は初期の方がよかった」などと賢しげなことを言いたがるものだが、リーンに関してはそういう声すら聞かない。というか、『逢びき』(1946)以外の初期作品は本当に観られているのだろうか。そんな疑いを抱きたくなるほど、評判を聞くことがない。

 せっかく日本では全作品のソフトが発売されているというのに、それはあまりにお気の毒、とリーン贔屓の私は考える。そこで今年の春の休業期間、彼の初期作品をまとめて観賞、感想をメモしていたのを思い出し、今年最後の記事としてこれを公開する。

 興味を持ったみなさんの観賞の一助となれば幸いである。

 

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軍旗の下に(1942)

『軍旗の下に』(1942)

 20歳で撮影所に潜り込み、やがて一流の編集技師として名を馳せたデヴィッド・リーンの監督デビュー作は、軍艦と海兵を描く戦意高揚映画だった。本来は劇作家ノエル・カワードの脚本・監督・主演作として進行した企画で、カワードが艦長、艦長夫人をシリア・ジョンソン、海兵をジョン・ミルズ、その恋人をケイ・ウォルシュ(当時のリーンの妻)が演じている。編集担当のリーンが、カワードから戦闘場面の演出について相談を受けるうちに、「共同監督」のポストをせしめたらしい。俳優を演出した経験のないリーンにとって、ベテラン演劇人であるカワードとの共同作業は学ぶことが多く、その後の活動においても彼とコンビを続ける事になる。

 物語は、駆逐艦トリンの竣工から出航、そしてドイツ軍との戦闘、沈没、救命ボートでの漂流までを追いつつ、艦長以下海兵たちの回想(家族との生活)が交錯するという構成で、『逢びき』のカットバック式回想構成がもうここで始まっていたのかと驚かされた。正直、あまり戦意が高揚しそうにない重苦しいエピソードが多いのだが、その中に英軍がフランスのダンケルクから撤退する有名なエピソードも巧みに挿入され、英国民の心を熱くさせるよう、絶妙な配慮がなされている。

 ドイツ戦闘機からの攻撃を受ける場面は、セット撮影とミニチュア特撮、記録映像の組み合わせがじつに巧みで、編集マン・リーンの面目躍如。アメリカのアカデミー賞でも、作品賞と脚本賞にノミネートされた。

 撮影は後に『ポセイドン・アドベンチャー』(1972)を監督するロナルド・ニーム。この時点ですでに船の転覆場面を撮っていたとは!

 

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幸福なる種族(1944)

『幸福なる種族』(1944)

 監督としての自信を得たリーンは、プロデューサーのアンソニー・ハヴロック=アラン、撮影のロナルド・ニームと共に「シネギルド・プロダクション」を設立。出資してくれたノエル・カワードの戯曲を原作に、1919年の第一次大戦終結から1939年の第二次大戦勃発の20年間に渡る、ある家族の年代記を手がけた。中心となるギボンス家の父がロバート・ニュートン、母がシリア・ジョンソン、次女がケイ・ウォルシュで、次女に恋する青年がジョン・ミルズ。早くもリーン組のキャストが定まりつつある。

 1924年の英国万博やラジオの家庭への普及、共産主義にかぶれる長男や、ナチス支持を訴える演説男など、時代それぞれのトピックをスケッチするNHK朝ドラ的物語だが、「歴史に翻弄される人間」をとらえるリーンの視点が早くも育ちつつある。同じ家族年代記でも、木下惠介の『喜びや悲しみも幾年月』(1957)のような「マジメに働き続けた夫婦の愛」でシミジミするのではなく、国の行く末にまで視点は広がっている。もちろん戦時中の作品なので国を疑うところまでは描けず、第二次大戦が始まるところで終わる。

 隣家の青年と恋を育んでいた次女が、突然別の既婚男性に恋して駆け落ち、しかし捨てられ里帰り、すべてを受け止めた隣家青年と改めて結婚する、というエピソードに代表される保守性は、原作や時勢の影響が大きいが、当時のリーンの内部においても、こうした「節度」こそ英国人の本質、という視座が存在していたように思われる。

 室内セットを動き回る俳優たちを、テクニカラーのカメラで粘り強く追う演出が印象深く、この時点では、リーンは俳優の演技をいかに効果的にフィルムへ定着させるかに心を砕いている。地味だが野暮ったさはなく、一方で凱旋式典にあふれる大群衆は驚くべきスペクタクル。当時こんなにエキストラを集められるとは思えず、木下惠介の『陸軍』(1944)と同様、実際の式典でカメラを回したのだろう。

 

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陽気な幽霊(1945)

『陽気な幽霊』(1945)

 これも原作はノエル・カワードの戯曲で、脚本も前作と同じくシネギルド三人組(リーン、ニーム、ハヴロック=アラン)。そして撮影はロナルド・ニーム

 ミステリ作家のレックス・ハリスンが小説のネタとして降霊会を行うと、死んだ前妻の幽霊が登場、家に住みついてしまい、後妻と衝突……という『居酒屋ゆうれい』の元祖みたいな幽霊喜劇。

 完成されたシチュエーション・コメディの戯曲をいかに「映画」に移し替えるか? この課題に、リーンは「幽霊の表現」で答えようとする。舞台では表現不可能な特撮技術を駆使し、前作とは違って細かくカットを割り、色彩の効果を計算した画面作りで効果的な表現を探り、それなりの成果を挙げている。カラー撮影は『幸福なる種族』よりはるかに美しい。それでいて達者な出演者たちがのびのびと芝居するのを邪魔することなく撮影しており、演出家として安定した技量を獲得しているのが見て取れる。

 しかし、この作品の面白さはノエル・カワードの原作戯曲に大きく依っていることはあきらかで、リーンはその影響下から、いかに自分の個性を育てるかもがき始めているようにも思う。映画版のラストのオチは原作にはなく、カワードはこの脚色に激しく反対したという。

 

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逢びき(1946)

『逢びき』(1946)

 原作はまたしてもノエル・カワードの戯曲『静物画』だが、今回は「映画的表現」の探求で一歩先に踏み込んでいる。喫茶室が舞台の室内劇だった原作を、駅の待合用のカフェに設定することで、汽車の動きや煙の動きなど、外の状況変化を画面内に取り入れ、視覚的にも広がりを感じさせ、飽きさせない。

 脚本はシネギルド三人組に原作者カワードが加わって四人で、人妻シリア・ジョンソンと、医師トレヴァー・ハワードが不倫の恋に陥る典型的なよろめきドラマ。深刻ぶった主人公のモノローグとラフマニノフのピアノ協奏曲が鳴り響きつつ回想場面へと展開する演出は、「せいぜいキスした程度の不倫話にものものしすぎじゃね?」と現代の観客はシラけるかもしれない。が、この技法は今井正の『また逢う日まで』など、さまざまな作品に影響を与えた一種の発明でもある。

 別れの日に二人の出会いと恋愛の過程が回想されてゆく構成に加えて、主人公の日常と感情の動きが細かく演出されているのも見逃せない。主人公が夫に嘘をつく場面、鏡台に映った自分の鏡像に向かって喋るのだが、その鏡像の背後を、居間をうろつく夫の姿がチラチラと映り込むのが心理的なプレッシャーとなる場面も鮮やか。リーンが4作目にして映画の言葉を駆使する技を身につけたのはあきらかだ。

 撮影は後に『第三の男』(1949)を撮るロバート・クラスカー。恋が終わり、破滅願望にとらわれた主人公にカメラがぐーっと接近する時、構図が斜めに変化してゆくことで緊迫した感情を表現する。しかし、線路に飛び出しかけたところで思い止まると、またカメラが正対に戻ってゆく(精神が安定を取り戻したことを示す直截な表現)、そんなカメラが芝居してしまう大ケレンという、あきらかにクサい演出を一箇所だけやってみせるというのも効いていた。

 

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大いなる遺産(1946)

『大いなる遺産』(1946)

 ノエル・カワードの影響下から脱したデヴィッド・リーンの次の課題は、愛読するチャールズ・ディケンズ文学の映画化だった。脚本はシネギルド三人組に、セシル・マッギヴァーンとリーン夫人のケイ・ウォルシュまで加わり総勢五人。

 この作品は、高校生の時にテレビ放映で観て、その白黒映像の表現力と物語の面白さに驚いたものが、後にディケンズの原作を読むと、人生への皮肉な視点や、無常観すら感じさせられるエピソードはことごとくカットし、貧困少年が財産と想い人を獲得する成長譚にまとまるよう単純化していたことに気づかされた(タイトルに込められた二重の意味合いも消えている)。「文芸映画」の作家と捉えられがちなリーンだが、彼は原作が持つ文学的香気やその観念の奥深さを映像に移し替えることにはさほど興味はないらしい。あるのは英国人が直面する格差や不倫、あるいは忠誠心を起点とする葛藤のドラマを、当時の社会・歴史も含めていかに映像的につかみ出すかで、この姿勢は後年、外国を舞台にするようになってからも一貫している。

 とはいえ国民作家ディケンズの原作を、当時の挿絵そのままのイメージで再現した腕前は見事なもので、墨絵のような19世紀英国郊外の風景や、古城のゴシック風な不気味さを的確にとらえた白黒撮影の効果は際立っている。撮影はロバート・クラスカーで開始したが、リーンと意見が衝突したらしく降板、ロナルド・ニームの助手をしていたガイ・グリーンが担当した。

 主役のピップはジョン・ミルズで、友人役にアレック・ギネスが登場、すでに三十代半ばの彼らが「元気な青年」を演じているのも少々舞台的ではある。

 

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オリヴァ・ツイスト(1948)

『オリヴァ・ツイスト』(1948)

 ディケンズ映画化第二弾。初期の代表作を、前作のゴシックロマン風とは異なり、よりリアリスティックな雰囲気で、「貧困少年が幸福を掴むまでの冒険譚」として仕上げている。撮影は前作に続いてガイ・グリーンで、オペレーターがオズワルド・モリス。モリスは後にキャロル・リード監督で『オリバー!』(1970)の撮影も担当している。脚本はスタンリー・ヘインズとリーン。

 19世紀前半の英国の再現度については、セットとロケーションはもとより、ロングショットではマット絵合成を駆使するなどして前作以上に徹底した絵作りを行なっている。光源を活かして大胆に「影」をつける照明法は、当時のヒッチコックキャロル・リードに比べても遜色なく、英国スタジオの技術力を感じさせる。さらに、映像と音楽をシンクロさせてアニメ的な効果を出す演出や、悪漢サイクス(ロバート・ニュートン)が情婦ナンシー(ケイ・ウォルシュ)を殺す場面での大胆な幻想場面の挿入など、表現主義的な技法を取り入れていっそうの効果をあげようとしているが、いささかやりすぎてリアル志向の狙いからはみ出してしまったようだ。

 孤児たちのスリ集団を指揮する老人フェイギンをアレック・ギネスがカギ鼻をつけて熱演しているが、この種のステレオタイプユダヤ人描写は当時から批判があったという。しかしリーンは政治的な正しさより画面上のわかりやすさを優先するタイプなのは、その後の作品からもわかる通り。

 ちなみにリーン版ではフェイギンが逮捕されて終了だが、ミュージカル版の『オリバー!』ではフェイギンは逃亡に成功し、スリ小僧の一人と連れ立って旅に出る。ロマン・ポランスキーの『オリヴァー・ツイスト』(2005)では、原作通り、逮捕されたフェイギンを処刑前日にオリバーが面会に訪れる場面が描かれる。

 

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情熱の友(1948)

『情熱の友』(1948)

 原作はなんと『宇宙戦争』や『タイム・マシン』のH.G.ウェルズ。脚本は『あるスパイの墓碑銘』や『ディミトリオスの棺』のエリック・アンブラー。これをスタンリー・ヘインズ&リーンのコンビで潤色している。1922年のサイレント版に続く2度目の映画化だが、リーンとしてはさほど気乗りのしない企画だったようで、ロナルド・ニームの依頼を断りきれなかったらしい。

 内容は『逢びき』の夢よふたたび、という感じのよろめきメロドラマ。しかし舞台がスイスの観光地というのがミソで、美しい景色の中で展開する不倫恋愛という、その後のリーンの作家性の助走になったような作品とは言える。女性主人公のモノローグで回想場面が交錯するという構成も、不倫相手を演じるのがトレヴァー・ハワードなのも、あからさまに『続・逢びき』を狙った様子。

 回想の入り方が『逢びき』より複雑なので困惑するが、整理するとこういう流れ。

・1934年…主人公メアリーが貧乏研究者の恋人スティーブンを捨て、安定を求めて年上の銀行家ハワードと結婚する。

・1939年…舞踏会でメアリーがスティーブン(仕事で成功し、婚約者がいる)と再会。焼け棒杭に火が付きかけるが、夫のハワードが気づき、二人を絶縁させる。

・1949年(現在)…避暑に来たスイスでメアリーとスティーブンがまたまた再会。改めて焼け棒杭に火が付き、気づいたハワードはついにスティーブンへの告訴と慰謝料請求を宣言する。

 なんでそう偶然再会してばかりいるんじゃ! と言いたくなるお話。そして原作ではメアリーは自殺してしまうのだが、映画は『逢びき』同様にそうならないのも腰砕け。リーンの保守性が作品を食い足りない方向に導いてしまった。

 こんなハナシを撮っていながら、リーンは妻ケイ・ウォルシュと関係が悪化し、翌年離婚してしまう。三番目の妻となったのは、この作品でメアリーを演じたアン・トッドであった。いい気なもんだな、オイ!

 

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マデリーン 愛の旅路(1950)

『マデリーン 愛の旅路』(1950)

 アン・トッド主演第二弾。製作はシネギルドで、脚本はスタンリー・ヘインズ&リーン、撮影はガイ・グリーンのいつもの面々。

 いかにもメロドラマな邦題だが、いわゆる「マデリーン・スミス事件」の映画化である。19世紀半ば、英国お嬢様のマデリーンがフランス人事務官と身分を越えた恋愛に燃え上がるが、やがて現れた英国紳士に心が移る。逆玉を狙っていた事務官は憤慨し、マデリーンから送られた恋文を使って脅迫を行う。リベンジポルノの危機に苦悩するマデリーン。するとある日、事務官が砒素中毒で急死する。マデリーンに毒殺の疑いがかかるが……。

 後半は松本清張『疑惑』ばりの裁判劇に転換するのだが、普通、この種のサスペンスは被告席に立った主人公が、検事の反対尋問に抗いながら無実を訴えるのがクライマックス。ところがこの作品、裁判に入るとマデリーンはほとんど喋らなくなってしまうのだ。後に『インドへの道』でも、「彼女に何が起こったのか?」をめぐる裁判劇を描いたリーンだが、女性主人公を単なる「気の毒な被害者」に置く図式性に抗い、もっと謎めいた存在として描こうという狙いが感じられる。

 そして、いくらなんでもお嬢様を演じるには無理があるアン・トッド(当時42歳)を主演に据えた狙いも後半でわかる。セリフがなく、表情と佇まいだけで毅然と状況に立ち向かうマデリーンの存在感を描き出すには、彼女のクールな風貌がぴったりだ。そしてラストに浮かぶ、見えるか見えないかの微笑。

 19世紀が舞台でも、過去のディケンズ物とは違って様式的な絵作りは避け、半地下に置かれたメイド部屋と外界との高低差や、男女の心の距離の変化を、移動するカメラによって変化する俳優の立ち位置で表現する演出など、じつに繊細かつ的確。

 当時あまり評判にならなかったのは結末がはっきりしないからだろうが、むしろ現代の目で観た方が楽しめること間違いない作品だ。しかし、リーン自身はこの作品を最大の失敗作と考えていたらしい。

 

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超音ジェット機(1952)

『超音ジェット機』(1952)

 リーン初のオリジナル企画の映画化。南極のスコットやリビングストンのアフリカ探検、エヴェレストに挑むマロリーとアーヴィンなどの企画を検討した結果、当時進行形だったジェット機開発の物語を選択したという。この作品からシネギルド・プロダクションを離れ、アレクサンダー・コルダが主宰するロンドン・フィルムの製作になる。リーンは自ら綿密な取材を行い、テレンス・ラティガンにストーリーと脚本を書かせた。撮影は新たにジャック・ヒルディヤードが担当。

 物語の中心になるのは、テストパイロットのトニー(ナイジェル・パトリック)と、新妻のスー(アン・トッド)。そして、スーの父親の航空会社社長(ラルフ・リチャードソン)。てっきりトニーが音速を突破するまでを描く「プロジェクトX」なのだろうと思っていると、そうではない。身内に何人も犠牲が出ようが音速突破への挑戦を決してあきらめない社長の方が主人公なのだった。そして、危険な開発事業を続け、もはやマッドサイエンティスト状態の父を理解できない娘との対立が描かれる。

 未知の世界への冒険や、己に課した使命に取り憑かれた男の野心と狂気を描いて、『戦場にかける橋』や『アラビアのロレンス』の先駆けをなす作品。また、「大空には静寂がある。本物の静寂が」というトニーのセリフは、ロレンスの「砂漠は清潔だ」に通じるものがある。

 ドキュメントタッチでリアルに描写するジェット機開発は、『軍旗の下に』の軍艦工場や『戦場にかける橋』の鉄橋工事同様、集団でモノを作り上げる描写への情熱がみなぎっている。ここへ夫婦愛のロマンスや事故発生のサスペンス、父娘の心理葛藤を交錯させながら描きこむ技が冴え渡り、特に実際の航空機にカメラを乗りこませての空中撮影は、英国時代のリーンの到達点を示す迫力。誰も撮ったことのない光景を見せたい、という表現欲求はますます募り、英国の枠を食い破りそうになっている。

 ラストはもちろん音速突破の大成功と父娘の和解が描かれるわけだが……『ライトスタッフ』(1983)で描かれたとおり、1948年に音速の壁を超えた世界初のパイロットはアメリカ空軍のチャック・イェーガーである。この映画はあくまで「英国における音速突破物語」でしかもフィクション。でも、知らずに見れば世界で最初にマッハを超えたのは英国人なのかー、と勘違いしてしまうこと必至なわけで、実際そう誤解した観客は多かったという。なんともずぶとい脚色だが、そういうことを平然とやれるのもリーンの個性である。

 もちろん、リーンの意図は国威発揚などではなく、社長のガンコな英国人気質と、そこから生み出される家庭内のドラマを斬新な空撮映像に乗せて描き出すという映画的効果にあった。

 

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ホブスンの婿選び(1954)

『ホブスンの婿選び』(1954)

 いよいよ次の段階に行くかに見えたリーンだが、その前にハロルド・ブリッグハウスの戯曲(1915年初演)の映画化を手がけている。1920年(サイレント)、1931年(トーキー)、1950年(テレビドラマ)に続く、この時点で映像化4度目という人気原作だ。

 舞台は19世紀末、マンチェスターで大きな靴屋を経営するホブスン(チャールズ・ロートン)は、婚期を逃した長女には自分の老後を世話させ、次女と三女は持参金を払わずにすむ縁談を自分で見つけよう考えていた。むろん娘たちの意思などお構いなし。しかしそんな父に長女マギー(ブレンダ・デ・バンジー)は反旗を翻し、店の職人ウィリー(ジョン・ミルズ)を夫に選んで独立を宣言。マギーの店は成功し、二女と三女もそれぞれの恋人と結婚、威張り腐っていた父親の権威は失墜する。

 プロデューサーのアレクサンダー・コルダから依頼を受けて引き受けた企画だそうだが、リーンとしては『超音ジェット機』に続く「英国のガンコ親父」映画第二弾。前作ではオヤジが初志貫徹したが、こちらではオヤジが見下していた長女や職人たちの前に見返され、己の傲慢さを自覚させられてしまう。そして、「労働力」としか見られていなかった長女や無学な職人が「人間」としての生き方を回復してゆく物語でもある。

 ホブスンが毎夜飲みに行くパブの、飲んだくれオヤジが集まり、腐臭が漂ってきそうな描写がすごい。そんなホモソーシャル空間が、マギーの力によって崩壊し、新たな姿に更新されてゆく様子もテンポよく描かれる。

 実際のマンチェスターの街でロケした部分と、スタジオに構築されたセットのマッチングも素晴らしく、これまでにリーンが撮った時代劇に比してもいちばんの完成度を見せている。内容的にも、英国時代のリーン作品の中で、現代の観客がもっとも自然に受け止めることができる完成されたドラマだと思う。

 

 以上の作品でデヴィッド・リーンが問い続けたのは、英国とは何か、英国人(つまり自分とは)何者なのか、という問題だろう。「映画による英国人論」を10本も撮り続けたリーンは、『超音ジェット機』と『ホブスンの婿選び』という達成を得て、いよいよカメラを英国の外へ向けることになる。

 その第一弾が、ヴェネチアを舞台にアメリカ人観光客の女性が不倫の恋に落ちる、『旅情』(1955)だった。リーンはこの作品を自らの最愛の作品に挙げている。

 

 かつて、作家の高樹のぶ子は、生涯のベストワンに『ライアンの娘』(1970)を挙げ、好きな監督であるデヴィッド・リーンの魅力をこう表現した。

 

デビッド・リーンは、対立する要素、異質なもの同士をぶつけ合い、触れ合わすことによって、その接点が摩擦熱によって溶け出す様を描こうとする。そういう熱によって溶け出した窓口から、人間の真実を覗き見ようとする。

 

『旅情』以後のリーンは、まさにそのような作家に成長した。そして、高樹の一文はこう締めくくられている。

 

私が知っているデビッド・リーンは『戦場にかける橋』以後で、それ以前にも十本以上を監督している。その中には喜劇もあるらしい。一度最初から、全部見てみたいと思うが、『戦場にかける橋』、『アラビアのロレンス』、『ドクトル・ジバゴ』、『ライアンの娘』、『インドへの道』それだけで充分だ、という気持もある。

 

 いや、気持ちはよくわかるがそれはもったいないですよ高樹さん、と言ってあげたい。デヴィッド・リーンという巨大な樹木の幹の部分を育てるに至った、根になる10本は、決して無視してよいものとは思わない。

 最後に、『旅情』を完成させた直後のデヴィッド・リーンが挙げた、戦後に観た映画のお気に入り作品11本を挙げておこう。初来日の際の取材で答えたものである。

 

デヴィッド・リーンが選ぶ戦後映画ベスト11(1955年選)

 

肉体の悪魔クロード・オータン=ララ

自転車泥棒ヴィットリオ・デ・シーカ

ライムライト(チャールズ・チャップリン

第三の男(キャロル・リード

羅生門黒澤明

夜ごとの美女ルネ・クレール

天井桟敷の人々(マルセル・カルネ

ローマの休日ウィリアム・ワイラー

戦火のかなた(ロベルト・ロッセリーニ

輪舞(マックス・オフュルス

サンセット大通りビリー・ワイルダー

※順不同