星虹堂通信

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ロジャー・ウォーターズ「This Is Not A Drill」ツアー観賞記〜6/6@O2アリーナ

公式サイト 2023 European tour - Roger Waters

 

ピンク・フロイドの黄金期クリエイター”ことロジャー・ウォーターズのツアー「This Is Not A Drill」を6月6日、ロンドンはO2アリーナで観てきました。今回はそのライブレポートです。

 前回の「US +THEM」ツアー(2017)のレポートについては、過去記事を参照ください。 

「US +THEM」ツアーが終わったのが2018年。映像版も製作され、ロジャーはこれでライブ活動からは引退するのではないか……という予感がよぎったのだけど、いやいや世界情勢がこの男を黙らせてはいなかった。

 新ツアー「This Is Not A Drill(これは訓練ではない)」は 2020年7月からスタートと発表されましたが、それは11月のアメリカ大統領選における反トランプキャンペーンを意図してのもの。しかし新型コロナウイルス流行による公演延期とトランプの大統領選敗北、さらにロシア・ウクライナ紛争の勃発を経て、2022年10月の北米公演からようやくスタートを切ったこのツアーには“First Ever Farewell Tour”の副題がついてます。え、「最初のお別れツアー? 2度目があるの?」とビックリしますが(フィル・コリンズも確か2004年ツアーの時にそんなこと書いてあったけどその後も何度もツアーやったよな)、さすがに今年9月で80歳となるロジャー、今度こそパフォーマンス・アーティストとしての幕引きを意識しているのかもしれません。

 そして実際、今回のツアーは演奏内容においてもステージ表現においてもキャリアの到達点といえる「US +THEM」の張りつめた完成度とは異なり、ちょっとタガをゆるめて、よりおおらかに、よりシンプルに自らの“人生”を総括する構成にも見えました。

会場のO2アリーナ(「ワールド・イズ・ノット・イナフ」のOPでボンドが落ちた建物)

 受付開始時間は18:30。会場のO2アリーナに着けばすでに長蛇の列ができています。列の傍らにはイスラエルの国旗を掲げ、“Hey,Roger! Leave those jews alone!”とシュプレヒコールを挙げるユダヤ人団体がおり、その一方で「ジュリアン・アサンジウィキリークス創始者・現在ロンドン刑務所に収監中)に自由を!」と書かれたチラシを次々押し付ける活動家女性もいて、ロジャーのコンサートとは実に「政治的」なイベントであることを改めて思い知らされます。

イスラエルの旗を掲げる抗議団体

 荷物チェックがまた厳しかった! 6年前のN.Y.公演でも麻薬の持ち込みに注意している他、大きな荷物はクロークにいったん預ける必要があったのですが、ここではまず「A4サイズ以上の荷物は持込禁止」の看板が出ており、手荷物検査を経た上で会場外の保管所に預けなければいけませんでした。しかも預かり賃10ポンド(高い!)。ようやくチケットをスマホで表示して中に入ろうとするとここでもボディチェックがあり、カメラの持ち込みは禁止とのことでこれまた預けなくてはいけません(スマホはOK)。N.Y.では普通に持ち込めたのに。ショックを受けてスタッフに食ってかかっているブロガーらしき人もいました。

 まあ、5/28のフランクフルト公演では、会場に忍び込んだユダヤ人団体が公演中にイスラエル国旗を掲げ、一人がステージによじ登ったという事件があったばかり、ピリピリするのもわからなくはないですね。実際、この翌日の公演では、やはりイスラエル国旗を引き出して警備員に取り押さえられた人が出たそうだし、マンチェスター公演では逆にパレスチナ支援団体が会場前に出現、ロジャー熱烈支持のシュプレヒコールを上げ、イスラエル支持団体と睨み合いになったそう。

熱気あふるる会場内部

 いろいろあった末に辿り着いた席は1Fスタンド最後列。おおっ、ステージがけっこう近い! 奮発した甲斐がありました。時刻はすでに19時45分。周囲は依然、大根雑なのでウロウロせずに大人しく席で待つことに。

 目の前には十字型のステージにそびえ立つ巨大な「壁」。開演15分前になると、この壁に字幕で「『私、ピンク・フロイドの音楽は大好きだけど、ロジャーの政治姿勢にはムカつくんだよね〜』という方は、さっさと会場を出てバーにでも行っちまってください」と出るのがこのツアーのお決まりなのですが、今回はこれに加えて「フランクフルトで悲しいトラブルがありました。公演中に私がファシストの仮装をするのは諷刺でありナチズムへの批判です。1980年の『ザ・ウォール』公演から長く採用している演出で、反ユダヤの意図はありません。私の両親は大戦中ナチスと戦った世代です」といった内容の注意書きが追加されています。もちろんロンドンっ子たちは「んなこたぁ、わかってるよ!」という雰囲気で軽く笑い飛ばします。

「コンフォタブリー・ナム2022」

 

 20時10分、客電が落ちて十字型の「壁」に、戦禍を思わせるビルの廃墟の映像が映し出されます。そして、ゆっくり聴こえてくるのが「コンフォタブリー・ナム2022」。ギルモアのギターソロを外し、女性コーラスと雷鳴のSEを加え、ダークな雰囲気が増したアレンジで素晴らしい完成度。前回まではライブの大トリの一曲として演奏した定番曲をあえてオープニングに持ってきたのは、社会の現状を前に“心地よく麻痺してていいのか? 快楽に閉じこもって世の中に対して鈍感になってはいないか?”という問いかけからスタートしたい、という意図が感じられます。

ロジャー・ウォーターズ登場!

 曲が終わると同時に、ステージ上の「壁」が音もなく上昇、見晴らしが良くなると聞こえてくるのは、「バラバラバラ……」とヘリコプターのSE。

“You! Yes,You! Stand still laddie.”

 の叫び声と共に、ロジャー・ウォーターズ登場。「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライブズ」から、「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォールPart2」「同Part3」のメドレーです。

 79歳のロジャー御大、1Fステージから間近に見ると、相変わらず巨大でエネルギーに満ちあふれています。このメドレーは2010年の『ザ・ウォール』ツアーや2017年の『US +THEM』ツアーでは、公演地の子供たちと共演して歌ったものですが、今回はそうしたイベント的演出はせず、オープニング・アクトとして「権力者の思想コントロールを拒否せよ!」という今回のテーマを強烈に打ち出します。

歴代アメリカ大統領が「戦争犯罪者」として糾弾される

 続けざまに演奏されるのはソロアルバムから「予知能力」「勇気ある撤退」のふたつ。『RADIO.K.A.O.S.』(1987)の一曲である「予知能力(Power That Be)」は、核競争に狂奔する政治家たちのパワーゲームを批判した内容で、これを暴力装置と化した警察機構が民衆に暴行するスタイリッシュなアニメと共に演奏されます。

『死滅遊戯』(1992)の一曲である「勇気ある撤退(The Bravery of Being out of Range)」は、老いた戦争指導者が指揮する戦争を大衆が娯楽として愉しむ姿を風刺する歌。映像では「戦争犯罪者」としてレーガングアテマラ攻撃・ニカラグア事件)、ブッシュ(死のハイウェイ事件)、クリントンイラク制裁)、ブッシュJr.(大量破壊兵器の嘘からイラク戦争)、オバマ(ドローン兵器採用)、トランプ(オバマ政策を継続)、バイデン(今、やってるとこ)とアメリカ大統領が次々映し出されてゆくのが強力です。

ロジャーのMCコーナー

 終わってロジャーがマイクを持ってMC。「いやー、最近はこんなメッセージがSNSで届くんだよ〜」と若者から届いた自分をナチス支持と誤解したメッセージを紹介。ベルリン公演ではイスラエル支持派の謀略で警察から調査を受けるハメになり、自分がファシストであるかのように報道されたトラブルに触れ、「んなわけあるか〜い!」とツッコむ内容ですが……な、長い! 10分あまり続いたので、途中から話の内容がよく聞き取れませんでした。しかし「イギリスの前労働党党首ジェレミー・コービンも『反ユダヤ』の言いがかりをつけられ辞任させられたんだ。あいつらのやり方、許せん!」と怒りを表明、観客から喝采が起こっていたのは覚えています。

 ほぼファンミーティング状態のMCを終えたロジャーがおもむろにピアノに向き直り、静かに弾き語るのが新曲「Bar」。酒場に集まる傷ついた人々、後悔を背負った人々に寄り添ううちに、思いはダコタ・アクセス・パイプラインに抗議するアメリカ先住民やオーストラリアのアボリジニ、そして生後三ヶ月の時に父を戦争で失ったロジャーが兄と過ごした幼少期の記憶へ移ってゆく。バンドメンバーたちがピアノを囲んで静かメロディを合わせてゆく様子にもしみじみさせられます。

ピンク・フロイド初代リーダー、シド・バレットが大写しになる

 個人の記憶に還ったタイミングで、ここからピンク・フロイド『炎〜あなたがここにいてほしい』B面メドレーが展開します。まず「葉巻はいかが」では、シド・バレット在籍時の「アーノルド・レーン」から「ようこそマシーンへ」や『ザ・ウォール』ライブで使用したアニメーションをモンタージュした映像が流れ、フロイドの歴史を総括、さらに字幕でシド・バレットとの友情の始まりとバンド結成の思い出を語ると「あなたがここにいてほしい」へ。さらにシドに変調を感じるようになった哀しい記憶が字幕に映ると、クレイジー・ダイヤモンドPartⅣ〜Ⅶ」へ。これらの曲について、ロジャーはこれまで「シド個人について歌った曲ではない」と解説しているし、前回「US +THEM」ツアーでも「不在の人」に向けた曲というコンセプトを強調していたのですが、今回はシドへの思い入れをたっぷりと聴かせ、ファンもみんなで合唱します。

会場を飛ぶ「羊」

 しかし、シドの呪縛を相対化したロジャーは、オーウェルの『動物農場』や『1984年』、ハクスリー『すばらしき新世界』を読むことでピンク・フロイドを新たなバンドに生まれ変わらせました。その代表曲として前半部しめくくりに演奏されるのが『アニマルズ』の「シープ」。従順な羊であることをやめ、権力に抵抗せよ、とのメッセージを改めて訴えます。

 演奏中に巨大な羊の風船が登場、ゆっくりと会場を一周しながらくるりと一回転して見せます。この風船は一種の小型飛行船で、ドローン技術で操縦しているようですね。スクリーンに展開するアニメも凝っており、空手を学ぶ羊の群舞は圧巻でした。

空手を学ぶ羊たち

 最後にスクリーンに大きく「RESIST(抵抗せよ)」の文字が大写になるのは前回と同じ。ここで20分の休憩に入ります。

ヘイトスピーチをぶちかますロジャー総統

 後半戦は、観客の掛け声のSEが高まってくると同時に客電が落ち、バ・バーン! と「イン・ザ・フレッシュ」がスタート。ハンマーのマークがスクリーンを覆い、ファシスト風のコスプレをしたロジャー総統がヘイトスピーチをぶちかまします。クライマックスは宙に向けての機関銃の撃ちまくり。いくらユダヤ団体から抗議を受けてもこの演出はやめません。むしろ「ネトウヨ」や「Qアノン」に代表される“差別的な盲信者”が増えるほどにこの曲はアクチュアリティを増してゆくようです。

おなじみハンマーの行進

 続けざまに「ラン・ライク・ヘル」へとつながり、トランプ的ファシズムが幅を効かせる世界をノリノリのロックンロールで表現。おなじみのハンマーの行進が映し出され、目を光らせた巨大なブタが浮き上がって会場をゆっくり一周するところまで定番の演出です。

 今回のブタさんには「Fuck The Poor(貧乏人なんぞクソだ)」「Steal From The Poor Give to The Rich(貧乏人から盗み、金持ちに与えよ)」と大書されているのにご注目。

会場を舞う「豚」

 10年ほど前にあるチャリティ団体が、ロンドンの路上で男性に「Fuck The Poor」と書いた看板を掲げさせる実験をしました。道ゆく人からは「なんでそんなひどいことを言うんだ?」、「貧しい人には支援が必要でしょ?」と抗議され、意識高い人が多いな……と思わされるのですが、数時間後に同じ男性が「Help The Poor(貧困者に支援を)」と看板を掲げて募金箱を持つと、道ゆく人々は誰も立ち止まらずに通り過ぎていく、というもの。つまり「貧しい人を助けよう」と正しく主張しても関心を得られないが、侮辱的な態度を取ると、「それは間違ってる!」と人々は声を上げる気になる。つまり、ほとんどの大衆は実際に募金をしなくても、支援の必要性を理解はしているわけで、では実際の支援への一歩をどう進めればいいのか? という問題提起です。

 ロジャー・ウォーターズのコンサートも、これを同じ「問題提起」のパフォーマンスなんですね。だから露悪的な歌詞を使い、ファシストの仮装もする。音楽の力で観衆を心地よく陶酔させることだけが目的の産業ロックバンドやトリビュートバンドとのいちばんの違いはそこでしょう。

「Fuck The Poor?」のチャリティー広告

 

 さて「ラン・ライク・ヘル」の終わりに映し出されたのは、2007年に米軍の軍用ヘリがバグダッドの住民を攻撃する映像です。「クソッたれ、誰が彼らを殺したんだ? なぜこんなことが起こる?」、「この映像はどこから来たって?」、「勇気ある米軍の元兵士チェルシー・マニングがリークした」、「同じぐらい勇気ある出版人・ジュリアン・アサンジ」、「ジュリアン・アサンジに自由を!」との字幕から、始まるのは2017年の最新ソロアルバム『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』の反戦バラード「デジャ・ヴ」。さらに新譜のタイトル曲「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」へと続き、ロジャーはピアノを弾きながらぶつぶつと世界への呪詛のように歌い上げ、歌詞を表現したアニメーションがスクリーンに展開してゆきます。「恐怖」が人の心を支配したことで未だに紛争・差別・格差問題が終わらぬ世界に対する焼け跡世代の嘆き。改めて聞くとこの曲、昭和精吾が寺山修司の詩をJ・A・シーザーの曲をバックに歌い上げるパフォーマンス(「アメリカ」や「人力飛行機のための演説草案」)を思い出しますね。

「マネー」を熱唱するジョナサン・ウィルソン

 動きが止まったステージに絶望感が充満したところで、おなじみ「マネー」のコインが落ちるSEが響き渡ります。ライティングもお金イメージの緑色となり、醜悪なブタが踊り狂いながら立ち小便するアニメがにぎやかに展開。ギターのジョナサン・ウィルソンがボーカルを取るのは前回のツアーと同じですが、今、最も多才なジャズ・プレイヤーの一人と注目されるシェーマス・ブレイクによる伸びのよいサックスが絶好調。紛争や経済危機の裏でほくそ笑む連中を景気よく笑い飛ばします。

ベースを弾くロジャー

 そこからアルバム『狂気』のB面通り、「アス・アンド・ゼム」「望みの色へ」と続きます。前曲から続いてジョナサン・ウィルソンのボーカルで静かに歌い上げつつ、映像では世界各地の紛争地の様子が。そこで被害に遭う人々の「顔」がカシャッとコレクションされ、画面を少しずつ覆ってゆくのが今回の特徴です。「望みの色へ」ではロジャー自身がベースを弾くので、暇になったベースのガス・セイファートとサックスのシェーマス・ブレイクがタンバリンでリズムを取るのが可愛らしい。

ガス・セイファート(ベース)とシェーマス・ブレイク(サックス)

 そして「狂人は心に」「狂気日食」のメドレーで『狂気』終盤部へ。戦争犠牲者の「顔」が収集された映像に、さらにいろんな人種・性別・年齢の人々の「顔」が現れ、画面を埋め尽くしてゆきます。曲の最終部になると、十字のスクリーンをレーザーライトが描く三角形のプリズムがくくり、七色の波動が画面上を波打ちます。そうする間にも人々の「顔」は増え続け、「ぼくは君を月の裏側(狂気の世界)で見つけるだろう」の歌詞に呼応するように、戦争によって奪われる「顔」が七色のモザイクとなってモニターを埋めつくしてゆくのです。

「狂気日食」で三角形プリズムに囲われる「顔」たち

 会場は拍手、歓声で大盛り上がり。笑顔のロジャーは軽く挨拶するとアコギに持ち替え、最後の一曲をスタートします。聴こえてきたのはなんとロジャー在籍時のフロイド最後のアルバム『ファイナル・カット』の最終曲「トゥー・サンズ・イン・ザ・サンセット」

 正直、この曲をエンディングに聞かされて喜ぶフロイドファンがどれだけいるかは疑問ですが、ロジャーにとってはピンク・フロイドのラスト・ソングであり、ロシアの核使用の危機が高まる今、まさに歌っておくべきものなんですね。

「トゥー・サンズ・イン・ザ・サンセット」のアニメ

 映像のアニメがまた上出来で、歌詞の内容である「車で走っていたら背後にもう一つの夕日が出現した。よく見たらそれは核爆発の閃光だった」という物語をグラフィックに表現、核爆発ですべてが塵となってけし飛んでゆく過程を細密に描き切り、「敵も味方も灰になってしまえばみんな平等なんだ」というメッセージを堂々と見せつけます。

 演奏が終わり、バンドメンバーとピアノ上の酒で乾杯するロジャー。ここからまた最後の長〜いMCが入りますが、くだけた英語なのでほとんど聞き取れない……。が、最後に「もう一度、2年前に亡くなった兄・ジョンに捧げる歌をやります」とピアノに向き直り、新曲「The Bar」の兄の記憶についての部分を改めて弾き語り。メンバーもめいめい楽器を取って、メロディに合わせて行きます。

「The Bar」が終わりに向かうとシームレスに「アウトサイド・ザ・ウォールのメロディへと移って行きます。アルバム『ザ・ウォール』の最後の曲。ロジャーは立ち上がってメンバーを先導。それぞれの名前を紹介しながらステージを一周し、退場してゆきます。楽屋口に入ったロジャー一行がスクリーンに大映しになって幕。

エンディングのロジャーとバンド一行

 前回の「US +THEM」の時のようなしつこいほどの“連帯”のメッセージ性は一歩後退し、「This Is Not A Drill」はより内省的な、ロジャー・ウォーターズの自伝を観賞しているようなショーでした。ドナルド・トランプという明確な悪役がいた前回と異なり、各地での紛争問題が絶えない現状についての憂いと絶望、そんな時代への平和の希求を、自らの音楽史を俯瞰しながら訴える。まさに「ロジャー・ウォーターズの遺言」とでもいうべきステージだったのです。

 

 さて、2006年以降パレスチナ支援運動に関わるようになり、BDS(イスラエル・ボイコット)運動を支持するロジャーに対し、ユダヤ人コミュニティからの批判がくり広げられているのは相変わらずですが、今回のツアーでさらなる盛り上がりを見せているのは、昨年始まったロシア・ウクライナ紛争について、ロジャーが一貫して「これは西側諸国の対東欧政策の失敗である」と主張し、邪悪なロシアVS善玉のウクライナというイメージ操作に対する批判を繰り返しているため、西側メディアからプーチン擁護者というレッテルが貼られているからですね。この機に乗じて彼のイスラエル批判も封じてしまいたい、という意図が見え見えのパフォーマンスなのに、そんなことも読み取れずにロジャーへの「失望」を表明するウカツな左派が日本でもずいぶん見受けられました。

 ロジャーの「ロシア・ウクライナ問題の責任はむしろアメリカにある」という認識はシカゴ大のジョン・ミアシャイマー教授の主張をベースとしたものでしょう(エマニュエル・トッドノーム・チョムスキーらも支持している)。私なんかは世代的にNATOコソボ紛争を理由にセルビア空爆を行った際、ドイツの作家ペーター・ハントケがほぼ唯一人NATOを批判し、スーザン・ソンタグサルマン・ラシュディらリベラル派の西側知識人から袋叩きにされた一件を思い出します。ハントケ同様、若い頃から常に「反抗的」だったロジャーは、欧米の動きの背後に必ず軍需産業が張りついていることを見逃さず、くり返し音楽で批判してきました。西側資本が演出する広告宣伝が世論を誘導し、爆弾とミサイルがそれを実現する。ユーゴやイラクで起こったことが、今またウクライナで起こっている。それが世界の日常であり、日常を支配するのは政治である。政治に対し音楽で何ができるのか? ロジャー・ウォーターズはずっとそれを考え続けたアーティストです。

 もちろんロジャーのファンが全員彼の政治思想を支持するわけでもありません。欧米への苛烈な批判者であるロジャーは逆にシリアのアサドやベネズエラマドゥロといった独裁者たちへの評価が甘い傾向があり、彼はよく作品で難民問題を取り上げますが、その原因となる独裁者に批判の目が向けられないのは矛盾しているのではないか、という批判を常に突きつけられています。

 これは、戦没兵士の息子であるロジャーにとっては「戦争によって人命を奪う政治家」こそが最大悪だからなんですね。なので、「例え中国が台湾に侵攻したとしても、台湾を国として認めている先進国が皆無である以上、それは中国の内政問題に過ぎず、アメリカの軍事介入など絶対に認められない」というのがロジャーの主張ですが、専守防衛の日本であっても、これを支持できる人は今や少数派でしょう。当然、「それじゃ侵略やったもん勝ちになりゃせん?」という疑問が浮かぶはず。この先にあるのは「正義の戦争」と「不正義の平和」のどちらがマシか、という議論です。

 しかし、中国・台湾問題に関していえば重要なのは「まだ起こってはいない」ということですね。なので「中露の危険が迫っているんじゃあー、改憲待ったなし!」と叫ぶ扇動者に乗せられることなく、最悪の事態を避けるにはどうすればいいのか。それを誰もがじっくり、さまざまな情報を得て思考し続けることが必要なのです。“This Is Not A Drill(これは訓練ではない)”という気持ちで。

 これこそがロジャー・ウォーターズの、ひいてはピンク・フロイドの遺言なのかもしれません。

「クレイジー・ダイアモンド」を歌うロジャー

 さて、この「This Is Not A Drill」ツアーは11月に南米ツアーが組まれていますが、その後はオセアニアに行くのか、アジアツアーはあるのか、今のところまったく不明。

 ロジャーはアルバム『狂気』の50周年である今年、完全に自分でアレンジし直したニュー・バージョンの製作を行ったことを発表しており、今年中にリリースされることと思われます。その後の活動はどうなるのか? 本当にツアーから引退してしまうのか? 新作アルバムはもう作られないのか? 

 ともあれ、80を超えてもロジャーが尖った問題児であり続けることは間違いなさそうです。

 

Set 1

1.Comfortably Numb 2022

2.The Happiest Days of Our Lives

3.Another Brick in the wall Parts2

4.Another Brick in the wall Parts3

5.The Powers That Be

6.The Bravery of Being out of Range

7.Roger MC

8.The Bar Part 1

9.Have a Cigar

10.Wish You Were Here

11.Shine On You Crazy Dimond Parts Ⅵ~Ⅸ

12.Sheep

 

Set 2

13.In The Flesh

14.Run Like Hell

15.Déjà Vu

16.Is This The Life we Really Want?

17.Money

18.Us and Them

19.Any Colour you Like

20.Brain Damage

21.Eclipse

22.Two Suns in the Sunset

23.Roger MC

24.The Bar Part 2

25.Outside the Wall