星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

今夜、すべてのバーで〜ロジャー・ウォーターズ『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル:ライヴ・フロム・プラハ− ザ・ムービー』

 

 いや、暑い日が続きますな。

 ところでみなさん、参院選行きました? 自公の議席過半数を下回り、国民民主党と参政党が大躍進という、意外性も何もない結果ではありましたが、この間、周囲の若い人たちとやりとりしてみると、どうも彼らは玉木雄一郎にしろ、神谷宗幣にしろ、去年の都知事選における石丸伸二人気と同じく、主張する政策を吟味した上で支持しているわけではないらしいのですね。あるのは「停滞はもうウンザリ、現状に『変化』を与えてくれそうな奴に出てきてほしい!」という切実な要望。そうなると見知った顔よりも、新しい「決断」を下してくれそうな人に期待が向けられるようなのです。

 80年に及ぶ戦後民主主義の果てに到来した少子高齢化社会。人口減に向かう社会にパイ(利益)の拡大は望めそうになく、高い税金と値上がりする社会保険料に苦しめられつつジリ貧に向かう一方、おまけに年々増加する在日外国人の勢力に、本能的な警戒心と不快感を抱かされている日本人にとって、国民民主が掲げた「手取りを増やす」と、参政党が掲げた「日本人ファースト」というキャッチフレーズは誘引的な魅力を放つ言葉ではあります。

 アメリカでのトランプ現象や、ヨーロッパでの右派勢力の増大と足並みを揃えるこの動き、先進国では多数派の人々ですら集団化を呼びかけなければ安心できないほどの孤独に落ち込んでいるということでしょう。つまり、「味方」の飢餓状態。その飢えを満たすのは、「偉大なアメリカ」やら「古き良き日本」やらといったファンタジーです。

 

 そんなファンタジーに淫する人々に向けて、 「This Is Not A Drill(これは現実なんだ)!」と覚醒をうながす、堂々のアジテーション映画が登場しました。ロジャー・ウォーターズ&ショーン・エヴァンス監督による『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル:ライブ・イン・プラハ-ザ・ムービー』がそれです。

ピンク・フロイドの創造的頭脳」と呼ばれたロジャー・ウォーターズが、フロイドの過去の名曲群と自身のソロ作をひとつながりのロック・オペラに再構成、十字形をした巨大なステージセットに上映される映像と、最高のクオリティによる演奏で、「権力への抵抗」と「反戦平和」、「核兵器の廃絶」を訴えます。80歳に手が届くロッカーのブレない姿勢はもはや反動を突き抜けて前衛、ピンク・フロイドの道はプログレッシブ・ロックの道なり!」とはアルバム『原子心母』(1970)の帯コピーですが、なんと55年を経て、いまだに有効だったのです。

 

 2023年に行われたロジャー・ウォーターズの“This Is Not A Drill”ツアーの内容については、すでにロンドン公演のレポートをこのブログに記しているので、そちらを参照してください。

 

 

 今回の映画版は、これまでに製作されたロジャーのライブ映画『ロジャー・ウォーターズザ・ウォール』(2014)や『ロジャー・ウォーターズ:US +THEM』(2019)に比べると、映像版独自のアレンジは少なく、むしろショーの主張をよりわかりやすく、全世界にアピールする方向に心が砕かれています。言ってみれば、この作品をもってツアーの完結を意図していると思しき決定版。ツアーを終えた翌年、“US +THEM”ツアーでさんざん攻撃したトランプ大統領の復活という状況を迎えたため、過剰にひねったアイデアを付け加えることは避けたのかもしれません。

 しかも、今作の日本上映版は、MCパートだけでなく歌詞全編にも日本語字幕が表示されるのですよ! これまでのロジャーのライブ映像作品にはなかったサービスなので、ソニー・ミュージックのみなさんがんばりました(もしかするとロジャーの指示かも)。歌詞対訳もかなりの出来栄えで、ちゃんと曲を聴き込んで作られたことがわかります。

 おかげで導入部、戦時下のような廃墟の映像から浮かび上がる「コンフォタブリー・ナム2022」の歌詞が、紛争の絶えないディストピア(暗黒世界)状況から受ける脅威で感覚が麻痺した状態から始まる内省の旅であることが、日本人にも一目瞭然となりました。続く「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」の戦没兵士の息子ロジャー個人の不愉快な学校の記憶も、「あなたがここにいてほしい」から「クレイジー・ダイヤモンドPartⅡ」へ至るシド・バレットへの思いも、「シープ」で新たに辿り着いた世界への警鐘を鳴らすロックも、「イン・ザ・フレッシュ」が歌うファシズムへの妖しい誘いも、最新ソロアルバムから選ばれた「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント」が紡ぐ、目前の様々な社会問題に対し、全世界の誰もが責任は「ある」のだという気づきも、発生の危機が高まる核戦争によって訪れる終末を描く「トゥー・サンズ・イン・ザ・サンセット」に至るまで、すべての曲がひと続きの舞台上の物語となってつながってゆきます。

 一曲ごとに変化する十字型の「壁」に映し出される映像、展開に合わせて細かく挿入される音響効果の数々の演出意図も、より明快に。「予知能力」のパートで、アンネ・フランクをはじめとする戦争犠牲者や権力に殺された人々の名前が表示されてゆく字幕を見れば、撮影収録の公演地としてプラハが選択されたのは、ソ連軍がナチスドイツを撃退したプラハの戦い」と、そのソ連軍を中心とする東側の軍隊がチェコ民主化運動を圧殺したプラハの春、その両方を意識した上ではないか、と見えてきます。

 そして会場の観客を“バーの客”に見立て、ロジャーが切々とアメリカ先住民への思いをピアノに向かって歌いあげる新曲「The Bar」が、今回のライブのキーとなる曲だった、ということも。このステージを観て、現在の「恐怖」によって壁が作られ続ける社会状況について、自分なりに思いを巡らさずにいる者は皆無でしょう。ただ現実を忘れ、音楽の力に浸り尽くすロックショーとは真逆の、一瞬たりとも現実を忘れさせない、挑発のアジテーション・ショー。それが、ロジャー・ウォーターズのコンサートです。ここで思い出すのは、ショーが始まる直前、

「『私、ピンク・フロイドの曲は大好きなんだけど、ロジャーの政治姿勢についてはガマンならないんだよねー』という方は、さっさとバーに消えちまってください」

 という字幕が出ていたこと。これは意見を同じくしない者を排除しているように見えて、実はこの会場空間そのものをバーに見立てることで、意見の異なる者とも議論の場を共有したい、というロジャーのツンデレな願望の表れだったんですね。

 実際のステージでは、「The Bar」の前に時事問題を語る長〜いMCがあったりもしたのですが、うまく編集して音楽の流れの中に組み込んでいますし、上映されたアニメーションには、実はもっとどギツイ描写があったと思うのですが、あまり悪目立ちしないように処理されているのも、トータルな映像作品としてのまとまりを意識しての配慮でしょうね。それにしても、今、社会的メッセージを届けようと思ったら作者の覚悟だけでなく、これだけのアイディアと労力が必要なのだ、ということに慄然とさせられます。

 

 もちろん、2010年の『ザ・ウォール・ツアー』からロジャーの右腕となっているギタリスト、デイヴ・キルミンスターのデヴィッド・ギルモアが憑依したようなギタープレイや、キーボードもギターもラップ・スティールも担当するジョン・キャリンの万能ぶり(この人はギルモアのバンドでもレギュラーメンバー)、2015年の『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント』から参加したジョーイ・ワロンカー(今年はオアシスのツアーで叩いている)の的確かつ繊細なドラムプレイなど、バンドメンバーの個性的な演奏も、8K映像で存分に堪能できます。

 正直なところ、前作『US +THEM』は映像版も上出来だったものの、やはり本物のステージがもたらす感動には一歩及ばないな、と思ったものですが、『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル』は、映像と編集の効果が加わることで、パフォーマンスの完成度がステージ版からさらにアップグレードしたような印象すらありました。まさに、完璧。今回の映像版がもしロジャー・ウォーターズ白鳥の歌として終わったとしても悔いのない出来栄えと言えるでしょう。しかし、ガザ攻撃を続けるイスラエルの状況や、イラン攻撃に意欲を見せるトランプ大統領などを見ていると、ロジャーが悠々たる引退の日々を送れる日はまだまだ遠いのではないかと思われます。

Roger Waters “Is This the Life We Really Want?”(『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル:ライヴ・フロム・プラハ-ザ・ムービー)より