星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

夏の忙中見物記〜恐竜・化石・樋口一葉

化石ハンター展のチベットケサイ

 8月は仕事のスタジオ収録で忙しかったのに加え、知人の新型コロナウイルス陽性が判明し「濃厚接触者」になったがために5日間の自宅待機を強いられたり、お盆期間以降、ずっと編集室にこもりきりだったりして、ほとんど外に出歩くことができなかった。8月生まれの物見高き男としては不完全燃焼の夏であった。

 結局、映画館・展覧会・演劇公演にはそれぞれひとつずつしか行けなかった。ってけっこう出かけてますな。

 

 映画はコリン・トレボロウ監督『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』。前作『炎の王国』は私にはイマイチだったが、ラストで恐竜たちが解き放たれ、「世界全体がジュラシック・ワールドになる」というオチは気に入っていたので、ここからどんな物語を紡ぎ出すのかと楽しみにしていたのだが、「バイオ技術を悪用しようとする悪漢」が登場、その研究施設に主人公たちが忍び込む、というスパイ映画みたいなプロットが展開し、そこへ往年の『ジュラシック・パーク』のレギュラー陣も担ぎ出されて、いつも通りの恐竜ランドからの脱出アクションが繰り広げられるという、「またソレかーい!」と言いたくなる様式的な娯楽作に落ちついてしまって失望した。冒頭のニュース映像に描かれたような、「高層ビルに翼竜が巣作りしてしまって困る」だとか、カニ漁船のカゴを引き上げようとしたらモササウルスが食らいついてさぁ大変」だとか、恐竜と共生する時代のエピソードをこってり見せてくれた方がどれだけよかったか。ただ、そんな時代になってもバイオ技術が生んだニセ恐竜など目もくれず、予算不足に苦しみながら化石発掘バカ一代を貫いているグラント博士(サム・ニール)の勇姿だけは、グッときましたが。

 

 映画が物足りなかった分は現実の恐竜博で渇きを癒したいところだが、今年の夏はまだコロナ禍が影響しているのか幕張恐竜博も開かれてない。かろうじて国立科学博物館で「化石ハンター展」が開催中だったのでこちらに行ってきた。

 1920年代にゴビ砂漠を探検し大量の化石を発掘したロイ・チャップマン・アンドリュースの業績を中心に紹介する構成で、私は小学生の時に初めて見た恐竜展がゴビ砂漠の化石特集、展示の目玉がプロトケラトプスの卵とサウロロフスの全身骨格だったのを今でもハッキリ覚えている男なので、今回の内容はどこか懐かしかった。が、小学生だった私が「プロトケラトプスの卵」だと思いこんでいたものは、実は「オヴィラプトルの卵」が正解で、プロトケラトプスの卵はウミガメの卵同様に柔らかい膜のようなものに包まれていたらしく化石には残っていない、なんてこと今回の展示で初めて知ったのだった。まったく研究の世界はどんどん更新されてゆく。

 

 そして観賞した舞台はこまつ座の『頭痛肩こり樋口一葉』(演出・栗山民也)。井上ひさしの前妻・西舘好子が井上作品のこの一本として挙げていたタイトルだ。これは2013年公演(主演・小泉今日子)のNHK放送版しか観たことがなく、若村真由美が演じる幽霊・玉蛍を直に観たくてチケットを取った。栗山演出のこまつ座公演を観るのは去年の『日本人のへそ』以来。同行した妻はトリッキーな『日本人のへそ』より『頭痛肩こり〜』の方がわかりやすくて楽しめたという。個人的には猥雑で狂騒的で才気走った初期井上戯曲の方が魅力を感じるのだが、こういう感覚は今後少なくなるのかもしれない。

 舞台はさすがに上出来で、今回で3度目の出演となる若村麻由美や熊谷真美はもちろん期待通りだったが、中でも樋口夏子(一葉)役の貫地谷しほりが、病気や貧困、女性の置かれた地位への不満など、さまざまな重圧に耐えながら小説執筆に向かう女の無念と孤独を、決して悲壮になることなく軽妙に演じて出色だった。貫地谷しほりを舞台で観るのは『ガラスの仮面』(これは初演・再演ともに観た)以来だが、若村真由美が振れ幅大きく跳ね回る玉螢との掛け合いは、一種のバディ物のような呼吸が感じられ楽しかった。

 バディ物といえば、フランスの刑事ドラマ『アストリッドとラファエル/文書係の事件録』、AXNミステリーでも放送されていたものを、NHKで日本語吹替版が始まったので見てみたら、アストリッド(サラ・ニールセン)の声をアテているのが貫地谷しほりで、自閉症の文書係という難しい役柄を巧みに演じている。「自閉症」や「超感覚」といった要素に軸を置いた役作りをせず、ただ繊細だが洞察力に富んだ女性として地味に演じているのが良くて、貫地谷の演技は感情表現の正確さに天性のコメディエンヌ感覚が加わることで、そこはかとない余韻を残すのではないかと思った次第。まさに演技者として成熟を感じさせた。

 それにしても彼女がワトソンを演じる『ミス・シャーロック』の続編が製作できなくなったことは残念だ。