星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

私のゴダール体験

Jean-Luc Godard(1930〜2022)


 始まりはレンタルビデオで観た黒沢清監督の『ドレミファ娘の血は騒ぐ』だった。すでに『外国映画ベスト150』などの本で「ジャン=リュック・ゴダール」という人名は知っていたものの、ゴダール的なるもの」との出会いは黒沢清によって再現された作品によってもたらされた。一般の映画とは違う、回路が断線したような作り方と洞口依子の可愛さ、伊丹十三の怪しさが強烈だった。

 勤勉な高校生だった私は、元ネタを確認しようと『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』も借りてきたのだが、こちらは何が面白いのかさっぱりわからなかった。大胆なジャンプカットの連続も、すでにMTVなどで見慣れた技法に過ぎず、「ほう、これがヌーヴェルバーグですか、そうですか」という古寺巡礼的な関心以上のものを抱くことなく、90分が3時間にも感じられた。

 

 上京し、最初に映画館で観たゴダール映画は文芸坐2での『軽蔑』で、ルイ・マル監督『私生活』と二本立てのバルドー特集だったが、どちらも極めて退屈な作品に思えた。高田馬場のACTミニシアターや池袋のACT-SEIGEIシアターに通って『アルファビル』や『新ドイツ零年』、『映画というささやかな商売の栄華と衰退』、『ゴダールの映画史(第一部)』などを観賞し、レンタルビデオで『女と男のいる舗道』や『男性・女性』、『パッション』、『カルメンという名の女』、『ゴダールリア王』など次々観たが、やはりどこかついていけない苦手な監督という意識は覆らず、60年代にゴダールが若者から熱く支持されたというのがおよそ信じ難く思われた。当時の私は黒沢清押井守が引用する「ゴダール的」な手つきはカッコイイと思えるのに、原典のテキストにあたると歯が立たず、劣等感を抱くミーハー学生そのものだった。

 

 そんな私がどういうわけか、ゴダールネタで一本番組をでっちあげることになった。時はCS放送の初期、超低予算で1時間あまりの枠にふたつのテーマをつめ込んだサブカル情報番組を担当していたのだが、登場したばかりのデジタルビデオカメラをスタッフ自ら駆使することで成立していたこの番組、やっていたことは現在のYou Tuberの番組と大差なく、しかし編集を駆使して内容を圧縮したり分割したりできるYou Tuberたちの方が、いかに尺を埋めるかで四苦八苦していたこちらよりも充実したものを作れていることは間違いない。それでも納期さえ間に合わせられれば、内容について何か言われることはなかったし、そもそも観ている人がほぼ皆無なので、視聴者の反応を気にすることもなく、勝手気ままな番組作りを堪能していた。

 この番組の中で、なぜゴダール特集を提案したのかは記憶にない。とにかく時間に追われ、思いつきを次から次へと口にしてばかりいたのだ。もちろんフランス取材などできるはずもなく、私に浮かんだアイディアは、自分なりのゴダール論を、いろんな風景映像とスチール写真を素材に展開する、ゴダールもどき」で番組を構成するというものだった。少し前にゴダール論をメインとした単著を出した若手批評家に長いインタヴューを行い(あつかましいことに私と対談しているような形で収録した)、渋谷や新宿の街の風景やモノレールから見える車窓などを撮影し、ゴダール作品のスチール写真とごちゃ混ぜにして編集、そこにゴダール自身の発言をたっぷり引用したゴダール論っぽいナレーションを自分でボソボソ読み上げて重ね、さらにカラフルな太ゴチック文字のテロップを意味ありげにインサートしたり、ベートーヴェン弦楽四重奏をはじめとするクラシック音楽を流して途中で断ち切ってノイズ音を突っ込んだりした。

 今思えば、若気の至りどころではすまない所業で、ゴダール本人には申し訳ないことこの上ないが、この「ゴダールごっこ」の経験は貴重だった。ゴダール作品の「ソニマージュ(音+映像)」はやはり製作された時代の現実や、当時のゴダールの思想と密接にからみ合って生まれたもので、型式だけマネしても無惨な結果になることを痛感した。

 さらに、この苦心の作業を経るや、あれだけ苦手だったゴダール作品がちっとも退屈しなくなった。その後公開された『愛の世紀』も『アワーミュージック』も、その編集の巧みさ、音や光に対する動物的なセンスの良さに唸らされているうちに終わってしまったし、『さらば、愛の言葉よ』のむちゃくちゃな3D技術の使い方には大笑い、同日に観たリドリー・スコットエクソダス:神と王』の印象が吹き飛んでしまったほどだ。音と映像でどれだけ「遊び」を発明できるかというゴダールの意気込みを理解できるようになったのと、作品が製作された時代の空気を共に過ごしていることが大きいと思う。

 

 動画制作が身近になった今、ゴダール作品の魅力はYouTube世代によって新たに発見されてゆくかもしれない。しかし、毛沢東主義に熱中したり、ハリウッド映画を批判してジェリー・ルイスを持ち上げたりした怪人としての全体像は、いずれ見えにくくなっていくことだろう。

 最後に私のお気に入りゴダール作品を3本。『女は女である』、『ウイークエンド』、『右側に気をつけろ』。