星虹堂通信

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3年目のPink Floyd Trips〜原始神母ライブ10/23@東京キネマ倶楽部


公式サイト https://www.facebook.com/pinkfloydtrips

 

 来月、ピンク・フロイド20年ぶりの新譜『永遠<TOWA>』が発売される。
 が、日本のフロイドファンには、その直前にとっておきのプレゼントが用意されていた。そう、木暮“shake”武彦が率いるピンク・フロイドトリュビュート・バンド「Pink Floyd Trips~原始神母」のライブだ。結成3年目の今年も全国ツアーをやってくれた。今回はその最終日にあたる東京キネマ倶楽部のライブを報告。


本家を意識したライトショーが映える原始神母ステージ

 思い返せば2年前、2012年の秋に行われた初回公演は、四人囃子森園勝敏岡井大二も参加し、フロイドファン&囃子ファンが感涙にむせんだお祭り騒ぎとなった(客席には佐久間正英もいたらしい)。誰もがこれは一夜限りの「夢」に違いないと思っただろうが、そうとはならず秋の恒例行事へと発展させてくれたのだからシャケさん偉い。オレはREBECCA~Red Warrious直撃世代なんだけど、彼がここまでフロイドに思い入れあったなんてまるで気づかなかったよ。しかも年々ステージの完成度が向上しているのだ。しょせんコピーバンドだろ、と侮ったそこのアナタ。甘い甘い、ベテランのプロミュージシャンによる「フロイド遊び」がどんなレベルかと言えば、公式チャンネルが去年のステージをアップしているので、ちょっとのぞいて見てほしい。


原始神母2013 「One Of These Days(吹けよ風呼べよ嵐)」

 

 今年から「原始神母」が正式なバンド名となったらしいが、これは物販含めて今後独自のバンド活動を志すための決意表明のようだ。本家ピンク・フロイドの日本公式サイトでも紹介されたことだし、今後さらなる注目を集めることとなるだろう。

 さて、10月23日の夜。東京キネマ倶楽部に入れば、いろいろなミュージシャンによるフロイドカバー曲が流れる中、ステージに向かってフロア前方に椅子席がズラリと並んでいる。プログレ系公演おなじみの高齢観客への配慮でございます。オレはまだ若い(今回の観客の平均年齢的にはね……)ので、スタンディングスペースの中央最前方で仁王立ちとなって観賞する。2年前の初回公演では、汐留のブルームードという狭いハコにめいっぱい椅子が並べられていたもんだが、会場はずいぶん広くなり、観客層もバラエティに富んできたように思う。外国人客の姿も目立つ。去年の渋谷O-EAST公演では、開場を待つ外国人のアニキたちが会話を始め、「俺はこのために沼津から来たんだよ」、「俺は埼玉だ、川越から」などと和気藹々と語り合っていたのを思い出す。

 7時10分を回ったところで、ベースの扇田裕太郎がステージ下手の階段上にあるサブステージに登場。おもむろにアコギを鳴らして歌い出す。アルバム『原子心母』の一曲、「もしも」だ。これがめちゃウマ。
 曲が終り、ゲストのクリス・ペプラーが挨拶。キーボードの厚見玲衣を交えてピンク・フロイドトークが始まった。こんな前説サービスがあったのは東京公演だけらしい。去年のステージではMCタイムに1971年の箱根アフロディーテと1972年の東京都体育館でのフロイド来日公演の思い出を語ってくれた厚見だが、なんとクリス・ペプラーも東京都体育館の来日公演を観ているという。
 2人の生フロイド体験が語られるが、共通するのは「とにかくチューニングが長かった」こと。当時は機械のチューナーがなかったため曲間にせっせとチューニングに励むのが珍しくなかったそうだが、フロイドはそれにしても長く、10分以上かかったためチューニングを新曲と勘違いする客もいたと聞く。厚見は、
「その間、ロジャー・ウォーターズはベースのヘッドをキーボードに突き出し、リック・ライトがAの音を出しながらペグをいじってチューニングしてたって目撃談があるんだけど、そうだっけ? ホントかな」
 などという話をしていたが、デヴュー当時のフロイドではロジャーはリックにベースのチューニングを頼んでいたというのは事実らしいので、ありうることのように思われる。そこまで世話になっておきながら、後年スランプに陥ったリック・ライトをあっさり解雇してしまうのが、完璧主義者ロジャー・ウォーターズなのである。
 前説が終ると、ふたたび扇田裕太郎が現れ、彼のギター&ボーカルととクリス・ペプラーのベースで「サン・トロペ」を楽しく演奏。クリス・ペプラーがベースを弾くなんて知らんかったよ……。


「サン・トロペ」を演奏する扇田裕太郎(左)とクリス・ペプラー(右)

 やがて会場が暗くなり、鼓動音のSEが聞こえて来る。そしてクリス・ペプラーの呼び込みでメンバーがしずしずと揃い始め、BGMは吹きすさぶ風の音へ。響き始める不穏なベースライン。今年は「吹けよ風、呼べよ嵐」で開幕だ。
 2曲目にいきなりバンド初演奏の曲が披露された。アルバム『神秘』のタイトルナンバー「神秘」。 序曲パートから、扇田裕太郎がシンバルを叩いて盛り上げてゆく。そして混迷部に入ると、シャケが床に寝かせたギターをスライドさせてノイジーなエコーを響かせ、おもむろに扇田がサブステージへの階段を上って設置された銅鑼を叩き狂う。


ギターを寝かせてスライドさせる木暮武彦

銅鑼を叩きまくる扇田裕太郎(階段上) 右はキーボードの三国義貴

 そう、これはライブ映画『ピンク・フロイド/ライブ・アット・ポンペイ』(1972)の死ぬほどカッコイイ演奏を意識した演出なんですね。

 

「神秘」を演奏する本家ピンク・フロイド(3分ごろでロジャーが銅鑼を叩き狂う)

 

「神秘」が終ると、ボーカルのケネス・アンドリュースがメガホンを持って導入のSE的音声を再現しつつ「天の支配」へと移行する。舞台後方のスクリーンには、CGによる幾何学模様が変化するサイケ映像が展開。初回公演でも、ブルームードの狭い壁にムリヤリ「オイルショー」(油がぐねぐねアメーバみたいに動いてゆくヤツ)の映像を映写し、サイケデリックな初期フロイドのライブ再現を試みているのが微笑ましかったが、ついにスクリーンにオリジナル映像を映写するまでに成長した。


背面スクリーンに映写されるサイケ映像

 客席が充分あったまったところでシャケが挨拶し、「今回はちょっと珍しい曲もやるよ」と嬉しい一言。そこから始まったのは、アルバム『雲の影』の一曲、「泥まみれの男」だ。映画『ラ・ヴァレ』のサントラであるこのアルバムは、コアなフロイドファンでなければ聴いてないと思うが、オレは大好きだね。このバンドは以前から「炎の橋」を演奏するような渋いセンスを見せていたが、今年はこの曲がファンへの新たなサプライズだ。
 そして恒例のレパートリーとなった「原子心母」がスタート。出だしはシンセで再現したSEの高鳴りから、グワーンと轟音フレーズで始まるライブバージョンを採用しているが、その後の展開においてはコーラスパートは男女で、チェロパートやブラスパートはシンセに振り分ける形でアルバムバージョンを再現する独自アレンジで大いに聞かせる。前回に続いて登板の成冨ミヲリに加わったもう一人の女性コーラス、ラブリー・レイナがオペラ歌手のような発声で会場の度肝を抜いた。どういう人かと思えば、シャケのバンド「Mt. delicious」で、ボーカルを務めている女性らしい。アメリカ人ボーカル、ケネス・アンドリュースに加え、女性コーラスが2名になったことで、さらに声の演出に奥行きが出たと思う。
 終ってメンバーが去ってゆくので、あれ、もう休憩かなと思えばキーボードの厚見玲衣と三国義貴、ドラムの柏原克巳が残っている。そこから演奏したのはなんとアルバム『原子心母』の一曲「アランのサイケデリック・ブレックファスト」! 本家ですら1970年に一度だけしかライブ演奏していない曲である。ちなみにそのライブではメンバーがステージ上でじかに調理をしてSEを再現したと噂されるが、こちらはキーボードが2人いる利点を生かして、アルバムの雰囲気を丁寧に甦らせてゆく。残りのメンバーがステージに戻って後半部の牧歌的な展開を見事に再現。『原子心母』ではタイトルナンバーが有名すぎてあまり語られることがない一曲だが、ピンク・フロイドにしか作れない佳曲であることを再確認させる演奏だった。
 一部のラストは「クレイジー・ダイアモンド」。リック・ライトの重厚なキーボードの流れが厚見&三国で再現され、シャケがイントロのギターソロを、そして扇田が例の4音のフレーズを奏でる。ベースラインは厚見がキーボードで担当し、後半のサックスの音色は三国が同じくキーボードで再現。スタジオの演奏をまるまる再現するコピーバンドではない、彼らなりの音解釈を楽しむバンドだとは重々承知なのだが、やはりここだけは本物のサックスが鳴らないとちょいと物足りないよね。


「シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイアモンド〜」のフレーズで輝くミラーボール

 さて、休憩挟んで第2部は「走り回って」からスタート。そして「タイム」でシャケがデヴィッド・ギルモアばりのギターソロを聞かせに聞かせる。


ギターソロを聞かせる木暮武彦

そこから「虚空のスキャット」へ。成冨ミヲリ&ラブリー・レイナの声質の異なる二人のシャウトが面白い。


中央の2人が女性コーラスのラブリー・レイナ(左)と成冨ミヲリ(右)

 続いて「望みの色は」、「狂人は心に」、「狂気日食」とアルバム『狂気』のクライマックス部が展開。「狂人は心に」ではブッシュ・ジュニアを始めとする政治家たちと戦争をモチーフにした映像のコラージュが映写された。もちろん「狂人」=「戦争をする者」とかけたヒプノシス制作のオリジナルフィルムを意識したものだ。


ベースの扇田裕太郎とキーボードの厚見玲衣

 クライマックスは今年もやっぱりコレしかないでしょ、という感じで「エコーズ」。ケネスと扇田の2名によるハーモニーでボーカルが取られ、中間部を緑や紫の光と闇を生かしたダークなトーンでまとめたライトショーは、2006年のギルモア&リックのツアーで「エコーズ」が演奏される時の照明を参考にしているものと思われる。しかしギルモア&リックの「エコーズ」が妖しい美しさに満ちた端正な演奏だったのに対し、こちらは『ピンク・フロイド/ライブ・アット・ポンペイ』当時の、音が蛇行しながら氾濫してゆく様子を再現してくれる、荒々しいバージョンだ。

「エコーズ」の音迷宮の余韻にたっぷりひたって、アンコールは「あなたがここにいてほしい」、「マネー」、そしてシャケがお気に入りという「ナイルの歌」の3曲。「ナイルの歌」ではRed Warriousばりのハードロック仕立てで力強いアレンジが炸裂した。



アンコールでは観客総立ち

 もうおわかりと思うが、このバンドが演奏するのはアルバムでいうと『夜明けの口笛吹き』~『炎~あなたがここにいてほしい』までの前期~中期フロイド曲ばかり。おそらく会場にいた外国人客は「このバンドは『コンフォタブリー・ナム』も『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォールPart2』もやらねぇのか!」と驚いたんじゃないかと思う。去年まではそれでも『ザ・ウォール』から「イン・ザ・フレッシュ」をやったりしたのだが、今回は完全にロジャー・ウォーターズ主導期の曲は排除され、4人のメンバーの力関係が平等で、曲の完成度以上に前衛的な表現を模索していた時代の曲に限定されている。そこは、木暮武彦や厚見玲衣、三国義貴らリアルタイムでインパクトを受けた世代、箱根アフロディーテ公演や、『狂気』プロトタイプ公演に直に接した世代のこだわりなのだろう。当時のインパクトを忠実に再現しようという思いを強く感じる演奏だった。

 世界にはフロイドナンバーを演奏して回る有名トリュビュートバンドがいくつも存在し(それでもビートルズにくらべればずっと少ないはずだ)、数年前にはオーストラリアのバンドの来日公演を聴いているが、あれは完全に音はクリアでスマートにアレンジされた、現代人の耳に向けたフロイドだった。中心になるレパートリーは『狂気』、『炎』、『ザ・ウォール』の曲で、ギルモアフロイドの『鬱』の曲までやっていたが、正直「あんたら、ホントにその解釈でいいの?」と詰め寄りたくなるような演奏だった。おそらく海外のファンの多くは、フロイドをああいうポップス感覚で聴いているのだろう。そんな風にあっさり大衆化できてしまうのが、ピンク・フロイドの偉大な部分でもある。しかし原始神母は、70年代初期の“サイケデリック”なフロイドを、その泥臭く野暮ったい部分、現代のリスナーから「ダサい」の一言で切り捨てられそうな要素まで、まるごととらえ直そうする姿勢に、ピンク・フロイド愛を強く感じさせるのだった。

 最後の挨拶では、シャケが来年もツアーを行うことを宣言。そして今回いちばん目立っていた扇田裕太郎が大いに煽る。扇田は少年時代をニューヨークとロンドンで過ごした帰国子女で、ブラスバンド経験も持ち、早稲田大学理工学部出身といういろんな意味で教養豊かなミュージシャンだが、本職はギタリストである。ブログによると、今回のベースを担当するにあたって、ロジャー・ウォーターズにイメージを近づけようと8㎏も減量したというのだから恐れ入る。その彼が、
「毎年、同じステージならやりたくない、常にライブを進化させてゆきたい。いずれは本家同様にバックに円形スクリーンを置きたいし、さらに言えば、ポンペイ遺跡でもライブしたい。世界中のバンドが集まってあそこで日替わりに『エコーズ』演奏したら楽しいだろうね。そのためにも物販ヨロシク」
 とまで言ってくれるのだからこれはTシャツでも買ってやらねばという気になるじゃないですか。そして来年はぜひ豚の巨大風船をライブ中に……って、それやると『ザ・ウォール』の曲を演奏しなきゃならなくなるな。まぁ、ギルモアフロイドは「吹けよ風、呼べよ嵐」の演奏でなぜか豚の風船人形出していたけど。オレとしては銅鑼も設置されたことだし「『モア』の主題」に期待したいね。後はぜひサックス・プレイヤーを導入して、「クレイジー・ダイアモンド」や「マネー」の完成度を上げるだけでなく、「アズ・アンド・ゼム」もプレイしてほしいものだ。

『狂気』という傑作を完成させるまでの、真にプログレッシブだった時代のフロイドナンバーを大量に浴びることで、プレイヤーもリスナーも自分にとっての新たな野心を燃やし直す、年に一度の禊のようなライブとして定着することを祈りたい。

 

set list

opening act
If(扇田裕太郎)
San Tropez(扇田裕太郎&クリス・ペプラー

part1
1.One Of These Days
2.A Saucerful of Secrets
3.Astronomy Domine
4.Mudmen
5.Atom Heart Mother
6.Alan's Psychedlic Breakfast
7.Shine On You Crazy Diamond

part2
8.On The Run
9.Time
10.Great Gig In The Sky
11.Any Colour You Like
12.Brain Damage
13.Eclipse
14.Echoes

encore
15.Wish You Were Here
16.Maney
17.Nile Song