星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

短編ミステリ・オールタイムベストに投票してみた




 「うーむ、困った困った」

 「あら、どうしたんですか。日曜のエプソムカップ、どの馬に賭けるかまだ決まらないんですか。あいかわらずグズですねぇ。私はもうマジェスティハーツ一択ですよ」

 「競馬じゃない、じつは先日twitterで松井和翆(@WasuiMatui2014)さんが募った『短編ミステリオールタイムベスト』の国内編アンケートに投票したんだが、海外編の〆切がいよいよ明日いっぱいでね。でも、なかなか10本に絞りきれず呻吟してるところなのさ」

 「へぇ、面白そうなことやってますね。国内編はどんな結果だったんですか」

 「うん、駆け出しファンからミステリの専門家までバラエティに富んだ人の票が集まって、なかなかユニークな結果が出たと思う。集計の詳細はこちらのtogetterにまとまっているから読んでみてくれ(http://togetter.com/li/677171)。松井さんによる短くも精緻な作品解説がすばらしい」

 「めんどくさいから、てっとりばやくベストテン教えてください」

 「あいかわらずの不精者だな。しかたがない、とりあえずベストテンだけ紹介しよう」


1.死刑囚パズル(法月綸太郎

2.戻り川心中(連城三紀彦

3.砂漠を走る船の道(梓崎優

4.こうもり(麻耶雄嵩

5.とむらい機関車(大阪圭吉)

6.心理試験(江戸川乱歩

7.砂糖合戦(北村薫

8.サボテンの花宮部みゆき

9.桔梗の宿(連城三紀彦

10.遠くで瑠璃鳥の鳴く声が聞こえる(麻耶雄嵩

10.赤い密室(鮎川哲也


 「ほほう、古典から平成作品まで、バランスよく並んでますね」

 「ね、おそらく年代が偏らないように配慮して投票するマニアが多かったということだと思う。江戸川乱歩横溝正史鮎川哲也連城三紀彦泡坂妻夫あたりの定番タイトルがズラリと並ぶんじゃないかと思っていたが、1位は法月綸太郎の『死刑囚パズル』だもんな」

 「短篇というには少し長過ぎる気もするけど……」

 「短篇集『法月綸太郎の冒険』の冒頭を飾る傑作だから、その辺は気にしない。でもまさか1位になるとはね。『死刑囚はなぜ死刑執行当日に殺されたのか?』というフー・ダニットにしてホワイ・ダニットでもある謎の設定が、21世紀のミステリファンをとらえて離さないのだろう」

 「一方で2位の『戻り川心中』は定番と言っていいタイトルですね」

 「まぁ、短編集『戻り川心中』がキライだというミステリファンはまずいないんじゃないかな。私も『どうせみんな入れるだろうから』と思って外したクチだし。しかし、そのうしろの3位と4位がいきなり未読作だったので焦らされるよ」

 「『砂漠を走る船の道』も『こうもり』も読んでないんですか? ダメだなぁ」

 「梓崎優って2008年にデヴューした人だろ? 大正・昭和の名作群を押しのけて3位を獲得するほどすごい作家だとは知らなんだ。すぐに読まないといかん。麻耶雄嵩もじつは短篇集ひとつも読んでなくてね……でも私はリアルタイムで『翼ある闇』を読んでひっくり返った世代だけど、『隻眼の少女』を読んで、平易な書き方に見せてじつは……なテクニシャンぶりに感心したところなので短編も読んでいきたいと思っている」

 「続いて『とむらい機関車』、『心理試験』と今度は古い作品が並びます」

 「いったい誰に気を遣ってるんだ、というバランスの良さだよな。90年代に再評価された大阪圭吉が未だ人気衰えないあたり、三河人としては嬉しいね。とむらい機関車』はミステリとしての面白さだけでなく、悲恋話としてもよくできてるもんな。乱歩で『心理試験』がトップなのは、まぁ当然というか納得」

 「で、『日常の謎』作品から『砂糖合戦』と『サボテンの花』が並ぶという」

 「北村薫の短編集『空飛ぶ馬』からなら、私は『赤頭巾』を採るけど、『砂糖合戦』の方が謎の設計と語り口で印象強いんだろう。宮部みゆきの『サボテンの花』はとにかくよくできてるイイ話で私も票を投じたけど、ベストテンに入って来るのは意外だった。みんなもっとひねくれた選出をするのかと思っていたので」

 「9位はまた連城さんですね。『桔梗の宿』」

  「色街での殺人事件を扱った内容だけど、これも完璧な仕上がり。私は『戻り川心中』からひとつ採るならコレ」

 「10位の『遠くで瑠璃鳥の鳴く声が聞こえる』はこれも麻耶さんか。ということは読んでないんでしょ」

 「ヌルくてすみません……。同点10位は鮎川哲也。鮎川作品の最高位は『赤い密室』かぁ。名探偵・星影龍三のファンとしては嬉しいね」

 「ちなみにあなたはどの作品に投票したの?」

 「私のはほぼ思いつき順だが、こんな感じさ」


1.仮面たち、踊れ(竹本健治

2.早春に死す(鮎川哲也

3.心理試験(江戸川乱歩

4.掘出された童話(泡坂妻夫

5.サボテンの花宮部みゆき

6.虚像淫楽(山田風太郎

7.女と子供(藤木靖子)

8.数字錠(島田荘司

9.奇蹟はどのようになされたのですか?(鯨統一郎

10.柘榴(米澤穂信


 「はぁ、けっこう古い作品が多いですね」

  「やっぱりね、面白く読むには読んだが最近の作品なのでよく覚えてない、ってのがけっこう多いんだよな。とっさに浮かぶのが中心だとやはりこうなっちゃう」

 「筆頭は竹本健治の『仮面たち、踊れ』ですか。今回のアンケートでは11p獲得して166位にすべりこんでますが、そのうちの10pはあなたの投票点じゃないですか」

 「わはは。これは雑誌掲載時にリアルタイムで読んだんだよ。ちょうど高校生の時で、初めて読んだ竹本作品だった。当時『匣の中の失楽』は絶版中で入手できなかったから、どんな作家なのかとても知りたくて。そしたら女子高生の友情話だし、ウチの母校では当時行われてなかった文化祭がクライマックスに出てくるし、もうなんかいろいろ羨ましくて」

 「はいはい。2位は鮎川哲也ですが、星影龍三のファンと言いつつ鬼貫警部の『早春に死す』に投票するとは裏切り行為じゃないですか」

 「鬼貫物の短篇は『五つの時計』や『誰の屍体か』が伸びるだろうとは予想していたし、星影物では『道化師の檻』や『薔薇荘殺人事件』もいいんだけど、私は『早春に死す』のトリックが好きなのね。まったく準備されてない状況から、ああいう事態になってしまうという展開が。なのでイチ推し」

 「で、乱歩は『心理試験』ですか」

 「『押絵と旅する男』や『目羅博士の不思議な犯罪』などの幻想系とどっちにするか迷ったが、倒叙物の代表傑作としてこっちにしたんだ。やはり心理テストで犯罪捜査が行われるという展開と犯人がそれに備えてトレーニングを積むというのは、今読んでも面白い」

 「泡坂作品では『掘出された童話』ですか」

 「じつは『奇跡の男』にしようかと迷ったけど、やはり亜愛一郎シリーズを入れたくて。『掌上の黄金仮面』が伸びそうな気がしたので、暗号物のこっちにしたんだが、亜シリーズでは『ホロボの神』が最高位(28位)だった。ちょっと意外」

 「で、イイ話の『サボテンの花』と並んで山風の『虚像淫楽』」

 「『虚像淫楽』も『サボテンの花』と同じぐらいイイ話だよなぁ」

 「……。ところで藤木靖子『女と子供』とは変わった作品が混じってますね。なんでまたコレを?」

 「うん、女性作家をもう一人ぐらい入れたいな、と思った時にふっと浮かんできた作品なんだよね。もしかすると私は女性同士の友情を越えたなんちゃらの話が好きなんだろうか。昭和30年代の女性の生活描写が中心だからあきらかに古めかしいけど、女性の視点のコワさは今も変わりません。そういう味を21世紀に楽しむのも一興だね」

 「続く島荘の『数字錠』もイイ話ですね」

 「私にとっては島田荘司って奇想の人よりも情緒の人なのだ。トリックでケチをつける人も多いけど、御手洗短編ではやっぱりこれ」

 「鯨統一郎は『邪馬台国はどこですか?』じゃなくてこっちなんですか」

 「『邪馬台国〜』は一作目なのでこれにしてもいいんだが、やはりキリスト復活をじつにミステリ的なトリックで解き明かしたバカバカしさを買って『奇跡はどのようにしてなされたのですか?』に」

 「で、米澤穂信『柘榴』ですが……って、これはついこないだ読んだ『満願』に入っていたやつじゃないですか。さてはネタにつまってひっぱってきましたね?」

 「違うよ、あえて連城三紀彦を外したのはこれを入れたかったから、と言ってもいいぐらいのお気に入り。さすがに読んだのが最近すぎてまだ忘れてない、というのもあるにはあるが」

 「ふーん……。ところで海外編はどうなさるんですの」

 「きみと話していたら、急速に頭の中がまとまってきたよ。ちょっと並べてみようかね。紙とペンはあるかい」


1.銀の仮面(ヒュー・ウォルポール)              

2.グラス氏の失踪(G・K・チェスタトン

3.ヒロイン(パトリシア・ハイスミス

4.決断の時(スタンリイ・エリン)

5.耳飾り(コーネル・ウールリッチ

6.三角関係(ジェフリー・ディーヴァー

7.クライム・マシン(ジャック・リッチー)

8.かすかな痛み(ハロルド・ピンター

9.ミリアム(トルーマン・カポーティ

10.ジョン・ディクスン・カーを読んだ男(ウィリアム・ブリテン


 「ほう、筆頭は乱歩が『奇妙な味』の代表作として紹介した有名なやつですね」

 「『銀の仮面』は去年、安部公房『友達』の先行例として紹介する文章を書いたので、丹念に読み返したところでね。改めて素晴らしいと思った。中井英夫ヴィスコンティの『家族の肖像』もこれが元ネタじゃないかと言ってるね」

 「そういや土曜ワイド劇場でドラマ化されているんですよね(『銀の仮面 魅せられた完全犯罪』1982年放送)。池広一夫監督だそうですが、どんな内容だったんでしょう……。ブラウン神父からは『グラス氏の失踪』ですか」

 「『折れた剣』と迷ったがね。でも小学生の時、子供向けのブラウン神父でいちばん印象強かったのが『グラス氏の消失』の人体消失トリックだったんだ。いやー、笑ったね」

 「パトリシア・ハイスミスでは『ヒロイン』ですか。デヴュー短編ですね」

 「主人公が底抜けの善人であるがゆえに……という話だよね。どうも短編だとロジカルな謎解きものよりも、こういう心理面の屈折を中心に据えたものや、ある視点の歪みを描いた作品のほうが印象に残る気がする。もちろん私の好みというのもあるかもしれないが」

 「スタンリイ・エリンでは『決断の時』ですか。リドル・ストーリイというやつですね」

 「リドル・ストーリイだとストックトンの『女か虎か』が有名だけど、私は『決断の時』が好きでねぇ。とにかくうまい。エリンは『最後の一壜』か『九時から五時までの男』が票を伸ばすだろうが、こっちを推したい」

 「ウールリッチもいい短編の多い作家ですが、21世紀の今でも得票できるでしょうか」

 「さすがに『爪』あたりはもうウケないんじゃないかな……。でも『命ある限り』や『チャーリーは今夜もいない』なんか今でも好きだし傑作多いよ。今回入れたのは『耳飾り』。作中の倫理観が怪しくなってゆく心理展開が好きで」

 「最近の作家はジェフリー・ディーヴァーしかいませんね」

 「怠けていてあまりミステリ系の短編集読んでないからだな……。それでもディーヴァーの『クリスマス・プレゼント』の作品群はどれもよく覚えている。『三角関係』に特に感心したが、内容の紹介が難しいな」

 「予備知識を持たずに読んでいただきたい作品ですね。ジャック・リッチーからは『クライム・マシン』ですか。途中まではホントにSFなのかと思いましたね」

 「よくできてる。じつはヘンリイ・スレッサーのルビイ・マーチンスン物も入れたかったけどハミ出てしまったので、切れ味のいい短編系として入れといた」

 「ハロルド・ピンターの『かすかな痛み』って戯曲じゃないですか」

 「正確にはラジオドラマ台本だよ」

 「アリなんですか?」

 「クリスティの戯曲『検察側の証人』も対象になるらしいから、あえて入れさせてもらったのさ。いわゆるリビング劇でもクライマックスの怖さといったら! エラリー・クイーンやジョン・ディクスン・カーも面白いラジオドラマたくさん書いているから、その辺に投票する人も出てくるかもね」

 「で、ここでなぜかトルーマン・カポーティですか。ブンガク趣味をチラつかせていやらしいですね」

 「……。ヘミングウェイの『殺し屋』やチャンドラーの『待っている』もいいかな、と思ったんだけど、ここは個人の好み優先で」

 「でも孤独な老婆がある妄執に遭遇する話ですよね。『銀の仮面』とネタがかぶってませんか?

 「いいんだよ、こういうのが好きなんだから」

 「しかも『ヒロイン』と同じく、有名作家のデヴュー短編」

 「やっぱり一作目ってのはフレッシュでいいよな!」

 「持ち手の少ないやつと思われても知りませんよ」

 「しつこいな、クリスチアナ・ブランドもハリイ・ケメルマンも捨ててこうしているのだからいいのだ!」

 「そして最後にウィリアム・ブリテン『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』ですか」

 「秀逸なパスティーシュ。ハヤカワの『密室殺人傑作選』でひときわ印象に残った作品だ。なぜ私がこのアンソロジーを読んだかというとね、収録作のひとつ、ミリアム・アレン・ディフォード『時の網』を訳しているのが父なんだよ」

 「ハイ、まったくどうでもいい情報ですね。短編ミステリオールタイムベスト<海外編>は、明日の夜24時まで、twitterハッシュタグ(#ATB短編)で募集しているようですよ。ほんの一作品だけでも投票可能ということなので、イチ推ししたい作品がある方、参加してみてはいかがですか」