星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

後藤を待ちながら〜THE NEXT GENERATION -パトレイバー-




 巨大なシャッターがゆっくりと上ってゆき、中からツナギ姿にサングラスの男が歯を磨きながら現れる。年季のいったファンならば、彼の眼前になにが迫って来るか、ふと身構えずにいられない。しかし彼が目撃するのは、猛スピードで迫り来る軍用ヘリではなく、悠然と飛び去ってゆく旅客機である。おだやかに飛び去る旅客機を見やりつつ、かつての「栄光の特車二課」の記憶を思いやる彼は、ファンおなじみの整備員シバシゲオ(千葉繁)であるが、その佇まいはまぎれもなく『紅い眼鏡』の都々目紅一のそれであり、やがて人員搭載型二足歩行レイバーの凋落を受け特車二課が解体直前まで追い込まれている現状を怒濤の長セリフで語り出す様子は、あきらかに『うる星やつら』のメガネそのものだ。

 と、『THE NEXT GENERATION パトレイバー』の「エピソード0」(脚本・押井守、監督・田口清隆)はこのように始まる。
機動警察パトレイバー』の実写化と聞いて、1998年に制作されたテスト映像を思い出した人も多いだろう。バンダイビジュアルにおける「デジタルエンジン構想」プロジェクトとして、『ガルム戦記』準備中だったころ(後に凍結)、技術開発用デモリールとして作られた動画があったのだ。
 雑誌「TVブロス」4/12号のインタヴューで、押井は20年前に構想していた「実写版パトレイバー」の内容について少し語っている。それは中年になった篠原遊馬がバラバラになったかつての仲間を訪ね歩くというもので、ただ一人所在不明の後藤隊長をめぐる『後藤を待ちながら』とでもいうべき物語になる予定だったそうだ。
テ スト映像から十数年の時を経て実現した実写版パトレイバーにおいても、やはり後藤隊長は不在だった。『TNGパトレイバー』では、彼らアニメ版のメインキャラクターたちから数えて「三代目」の連中が描かれる。先のテスト映像は「特車二課待機中」のテロップで終るが、今回の実写版はまさしく彼らの「待機」を描くドラマであった。
パトレイバー」の出発点となったOVA第1話『特車二課出動せよ!』が、肝心のレイバーが到着するまでの、埋立地における待機の時間を描いたように、今回のエピソード1「三代目出動せよ」(脚本監督・押井守)はすっかり警察の「お荷物」になった彼らに出動要請が下るまでが描かれる。どうやら、地下鉄サリン事件や二度の大震災、911テロやイラク戦争を経過した世界については、彼らではない誰かが対峙しており、特車二課は「お呼びでない」部隊として飼い殺しになっているらしい。

 今回のエピソード1、スクーターで一本道を走らせる主人公・泉野明(真野恵理菜)をフルショットでとらえた後退移動、という
フランソワ・トリュフォーの『あこがれ』https://www.youtube.com/watch?v=Pt68n10oGt8)のごときさわやかな幕開けに意表を突かれるが、その後の展開を見ると、定型の押井技法のオンパレードであることがわかり、いささかガッカリさせられる。だがそれは、「軍隊」として描かれる整備班の描写や、AKライフルを愛でるおかっぱの美女、支給される食物に犬のように群がる集団、『ミニパト』風ペーパーサーフ、「くり返される現実」として描かれる出動準備の反復にとどまらない。
 もともと押井は「大事の後」、つまりケルベロス争乱や大洪水、草薙素子の失踪といった事件の後に訪れる停滞した時間を好んで描く作家だった。今回の「三代目出動せよ」でも描かれるのは初代メンバーの大活躍を通過した後の世界。これは『パトレイバー』という企画そのものと押井自身の距離感を表している。本来、ゆうきまさみらの発案した企画だった『パトレイバー』に演出家として参加した押井は、自分の趣味・美意識を押し殺しつつ、それでいて彼らの構想した「特車二課対シャフト企画七課(イングラムグリフォン)」という図式はいっさい無視することで監督作に取り組んできた。それなのに、今回自由にパトレイバーの世界をデザインする好機を得ながら、なぜかオリジナルキャラクターとその関係性、ネーミングまでもじった登場人物たちを用意しているのだ。これはファンに往年の作品と比較されることをあえて望み、その失望さえも自らの世界観構築の材料とするためとしか思えない。

 コンテナの奥にそびえる98式のデザインは、実物大モデル作成にあたって大きくディティールを加えているにもかかわらずアニメ版と印象は変わらず、むしろ野暮ったくなったように見える。特車二課の面々も、昼飯ぐらいはそれぞれ個性的な注文を出そうと試みるが、上海亭の親爺が作ってくるのは五目炒飯だけである。カップラーメンの新たな食べ方を開発しようとするも、あえなく挫折。「はみだし部隊」であるべき連中が、ことごとく既成の枠内に押し込められ、はみだせなくなってしまった状況。押井は自分自身をもその「現代の停滞」にとどまらせ、彼らと時間を共有しようとする。
 ようやく本物の出動要請が届き、パイロットを搭載した98式が動き出す。かつてのOVA第1話では高速道路でデッキアップしたイングラムが大活躍したものだが、今回は現場に到着するやいきなり拳銃(リボルバーカノン)を向けるだけ。相手は女にフラれた怒りで作業用レイバーを暴走させた酔っぱらい(神戸浩!)。後藤田隊長(筧利夫)は「惚れた相手にいくら入れこんだところで、相手はそんなものまったく気にしてないもんだよ、バカバカしいじゃないか」と誰に向けているのかやや興味深い説得を試みた後、あっさりと発砲を許可し、明を面食らわせる。
「責任、取ってくれるんでしょうね?」と訊ねる明に対し、
「取らない!」と言下に答える隊長。
 これにもまた意表を突かれる。『うる星やつらビューティフル・ドリーマー』のラスト、少女ラムがあたるにかける謎の言葉「責任、取ってね」がまさかこんなところで反復され、あっさり否定されるとは(「冗談だ」の一言がつけ加えられるが)。そして発砲されるリボルバーキャノンの銃声は、「ちゅど〜ん!」と言わんばかりのマンガ的大爆発を引き起こす。蓄積してきた停滞の時間を、一発の銃声に集約させる今回の作劇自体は悪くない。

 ただし、背景にそびえる巨大な存在が動き出すとき=物語が終るときだったのは、押井が演出した舞台版『鉄人28号』と同じ構図だ。『TNG パトレイバー』が、横山光輝のキャラクターを使って押井史観を表現しようとした結果、退嬰と窒息しかもたらさなかったあの舞台(ただし副産物である『28 1/2妄想の巨人』は秀作!)をくり返す気配は、現時点ではかなり高いと言わざるを得ない。しかし、隊長のセリフを通じて「責任を取らない」宣言をした押井が、往年のファンからの失望を集めまくる新規キャラクターたちの閉塞状況を『うる星やつらビューティフル・ドリーマー』や『機動警察パトレイバー2 The movie』のような、「革命前夜」の物語へと反転させる可能性も相当に高いと判断する。その鍵となるのは、やはり後藤隊長の不在、という設定だろう。


 エピソード0冒頭で、98式を前に、
「わたしたちって、『正義の味方』ですよね?」
 と自己確認した明は、来年公開の劇場用長篇ではどんな犯罪に直面するのだろうか。現実の人間を演出する際には徹底的にリアリズムを排除する押井が、孫世代に向けてどんな世界をデザインするのだろうか。押井守の都市に向ける期待と悪意がまだ健在であるかどうかは、今後のシリーズ展開であきらかになるだろう。