星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

江戸川乱歩邸に行ってきた(その2)

 ツアー客は15人ほどいたが、二階へ向かうのは半分ずつ。一気にたくさんの人間を入れると床が損傷するおそれがあるという。
前半の人たちが見終えるのを待ち、そろそろと勾配の急な階段を上がり、二階へ。
ここには、収集した江戸文学の資料を桐箱に入れて保管してあるのだ(現在、中身は大学で保存しているので箱のみ)。


 その箱書きはすべて乱歩自筆。分類魔らしく、ちゃんと定規を使って下書きしている。


 井原西鶴江戸手品に関する資料が目についた。


「美少年始」とか「男色東の振袖」とか……私、気になります!(千反田える風に)


 こちらは自著棚。整理整頓まったくダメな人間としては戦慄をおぼえるほどの細かさ。


 乱歩と言えば、暗い土蔵で蝋燭を灯しながら猟奇作品を書いていた、というイメージを持たれる方もいるかもしれないが、実際乱歩はこの土蔵を執筆場所にしようと考えてはいたようだ。ところがいざ机を運び込むと土蔵の中は非常に寒く、寒さに弱い乱歩は構想を断念。応接室と土蔵をつなぐ部分にある六畳の小部屋を執筆室に宛てていたそうだ(現在は書庫の一部・物置スペースになっている)。

 中庭に面したガラス窓には、乱歩の色紙が貼られていた。まずはこれ。ウィルキー・コリンズの名作『白衣の女』を材に、
「宙を歩く白衣婦人や冬の月」


 続いてこちら。有名な「うつし世は夢よるの夢こそまこと」の原型となった、ウォルター・デ・ラ・メイアの言葉。
「空想的経験こそは現実の経験に比して更らに一層リアルである」


 続いて『火星の運河』をふと思い出す言葉。
「われわれは色盲ではないのかまだ見ぬ色があるのではないのか」


 最後は、いかにも乱歩世界そのものを表した書。
「恐ろしき身の毛もよだち美しき歯の根も合わぬ五彩のオーロラの夢をこそ」


 中庭に面した廊下スペースには、乱歩愛用の眼鏡やペン、カメラ、映写機、乱歩撮影の9.5ミリ映画(戦中の横溝正史と諏訪に遊んだり、瀬戸内海を家族旅行したもの)が映写されたり、『二銭銅貨』や『D坂の殺人事件』草稿の複製が飾ってあったり。
これが幻影城の勇姿。戦災で焼けなくて本当によかった。



 煌びやかな反現実の根源を探る旅、わずか一時間だったけれども私にとっては「胎内回帰」のような体験だった。
 乱歩は作家としての天才性はデビュー後わずか数年で燃焼させてしまったが、生涯を通じて天才的なマニアだった。分類魔の乱歩は、あらゆる資料をジャンルごとに袋に分け、レタリングした表記を書き込んだり、引越しした住居をすべて方眼紙で細かく製図したりしている。「探偵小説」という異形のジャンルを世間に認知させ、トリックの分類表を作り、大量の新人作家を発掘したエネルギーはすべてこの几帳面さから発している。
 改めて「片づけられない」人間である己のズボラぶり無生産ぶりを反省するのだった……。

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