星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

江戸川乱歩邸に行ってきた(その1)

 新潮文庫江戸川乱歩傑作選』の冒頭に収録されている『二銭銅貨』を最初に読んだのは小学3年生の時だった。

「あの泥棒が羨ましい」

 この書き出しに搦め捕られて以来、乱歩ワールドを耽読、幻影城の城下町に居住して幾星霜。いずれ行かねばならぬと思いながらなかなか実現する機会を逸していた「立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター」こと旧・江戸川乱歩邸をようやく訪問することができた。

 そのきっかけとなったのは、3月に開催された薈田純一写真展「書棚」を観に行った時のこと。展示されていた江戸川乱歩の土蔵書棚や、安部公房の調布の自宅書棚の写真を見ながら、会場にいた薈田さん(初対面)をつかまえ、福家警部補ばりの勢いで現場状況をいろいろ聞き込んでいたところ、「そんなにお好きなら、今度訪問するのでご一緒しませんか」と誘われたのだ。そのまま青山ブックネットの高安さんを紹介していただき、出版関係者が大半を占めるツアーの末席に加えていただくことに。

 さて当日、場所は池袋駅から歩いて数分、立教大学6号館のはずれにある。上京以来、46回の引越しをくり返して来た引越魔の乱歩の終の住処だ。この家を建てたのは、1934年(昭和9年)、40歳の時。


 しかし入口はいかにも昭和30年代のモダンな文化住宅風だな……と思ったら、この部分は1957年(昭和32年)に自らの設計で増築・改修したものらしい。フランスからジョルジュ・シムノン来日、の噂を聞きつけそれならば自分が泊めてやるのがいちばんだろう、という義務感から自宅を洋式トイレ付きに大改造した時のものらしい。結局、シムノン来日は実現しなかったのだが、彼のためにここまでする愛情こそ、まさに「探偵小説の鬼」たるゆえんである。



 玄関からつながっている応接室を拝見。暖炉のある、ひろびろとした洋間で、いかにも密室殺人の舞台にふさわしい。奥のでかい椅子は人間椅子……?
かつて乱歩編集の雑誌「宝石」に作品を載せた鮎川哲也筒井康隆大藪春彦らもここで乱歩の登場を待ったのだろう。大藪は待ちくたびれてぐうぐう眠ってしまったそうだが、さすがにソファは当時と同じものではないと思われる。

 小林信彦は、この部屋でいちばん印象的だったのは村山槐多「二少年図」の絵がかかっていたこと、と書いているがその絵も今はなく、乱歩の肖像画に変わっている。

 隅の乱歩愛用の書斎机には、貼雑年譜の実物が(と思ったがレプリカらしい)。




 いよいよ土蔵へ。書庫一階の本棚には、ポケミスはもちろん、洋書が著者別に並べられている。Pの欄にはイヴリン・パイパー『バニー・レークは行方不明』、Qの欄にはエラリー・クイーンの諸作が。



 同じ本が何冊もあるのは、これはと思った作家や親交ある出版社に貸して読ませるためらしい。実際、パトリック・クエンティン『二人の妻を持つ男』創元社に貸出中らしく、自作の代本箱が突っ込まれていた。小学校の図書館を思い出す。



 明治時代の本は、乱歩自身が装幀を修復して保存している。ミステリのほかにディケンズシェイクスピアバルザック(英訳だったか)なども原書で揃っていた。



 犯罪学や心理学の本もどっさり。ロンブローゾの原書なんてのもあった。



 そして、今回は特別にいつもは非公開の
土蔵二階を見せていただけるという……(続く)