星虹堂通信

旧ブロマガ「スローリィ・スローステップの怠惰な冒険」の移転先です

深緑野分『スタッフロール』を読み、ジョン・ランディス『狼男アメリカン』を観る

 

 年末からかかりきりだった仕事が一段落し、昨年の半ばから積んであった深緑野分の新作『スタッフロール』をようやく読めた。

 前半は1960年代から80年代を舞台に、ハリウッドの特殊造形スタッフとして活躍した女性が主人公。後半は2017年のロンドンを舞台に、VFXスタジオで働くCGアニメーターの女性が主人公となり、年代も職種も異なる二人が、ある「怪物」の造形を通じてつながってゆく。

 ネットの感想や直木賞の選評を読むと、「長すぎる」、「専門的な記述が多すぎ」という声が多いようだが、私は全編に渡って楽しく読めた。それは、つい数年前までVFXデザイナーたちと毎月仕事をしていたことと、映画ファンとしての世代的な特権が大きいかもしれない。なにしろ私の映画開眼は1978年、『未知との遭遇』と『スター・ウォーズ』と『2001年宇宙の旅』(再公開)を立て続けに観たことに始まるSFブーム直撃世代。たちまち特撮オタクとなった私は、その後も「スピルバーグ印」の特撮映画を追いかけては雑誌「スターログ」やSFX技術の解説ムックを読みふけり、特撮監督のダグラス・トランブルリチャード・エドランド人形アニメーションフィル・ティペット、特殊造形のスタン・ウィンストン、特殊メイクのリック・ベイカーロブ・ボッティンという名前を、大スターに匹敵するアイドルとして記憶した。

『スタッフロール』に登場するのは、彼らのような才能や運に恵まれたカリスマではなく、それこそ業界の片隅でもくもくと仕事している女性たちなのだが、そんな彼女らがクレジットに名前が載る意義をめぐって迷いもがき闘う姿、いまだに「これがオレだ!」と言える仕事でスタッフロールに名前が載ったことのない私にも迫ってくるものがあった。

 

『スタッフロール』を読んで思い出したのは、去年公開された『クリーチャー・デザイナーズ〜ハリウッド特殊効果の魔術師たち』(2015)というドキュメンタリー。特撮における特殊造形・特殊メイクの発展について、ツボを押さえた内容になっていたものの、フランス製作だからか引用される映像の尺は短く、クリエイターたちの回想インタヴューが中心なので、ドキュメンタリーとしてはいささか地味、長年の特撮ファンでなければ観続けるのはしんどいのではないか、という作品ではあった。が、衝撃的だったのは『ハウリング』の狼男変身シーンや『遊星からの物体X』の数々のクリーチャー造形を担当したロブ・ボッティンが、21世紀に入るや映画界に見切りをつけて他業種に転向、現在は消息不明である、という情報。さすがは14歳で特殊メイクの帝王リック・ベイカーに弟子入りし20歳で独立した天才だけに、特撮業界がデジタル一辺倒に移行する予兆を敏感に察知してさっさと逃亡してしまったのか、と妙に感心したのだが、彼こそ『スタッフロール』の前半主人公・マチルダと同じ苦悩を抱えていたのかもしれない。

 

 で、その『クリーチャー・デザイナーズ』では、『ハウリング』(1981)のジョー・ダンテ監督と『狼男アメリカン』(1981)のジョン・ランディス監督が2ショットでインタヴューを受けていた。そこで初めて知ったのだが、じつは『狼男アメリカン』はランディスが長いこと温めていた企画であり、リック・ベイカーを雇って準備していたものの、資金難のためいったん解散、ようやく製作のメドが立ったら、後発の『ハウリング』にベイカーを取られている状態だった、という裏事情。結局、リック・ベイカーは『狼男アメリカン』に戻り、『ハウリング』は弟子のロブ・ボッティンが引き継いだわけだが、弟子が『ハウリング』で想像以上の変身場面を作ったため、ベイカーは対抗して明るい部屋の中で変身するシーンを作らざるを得なかったという。この師弟対決ドラマは以前からマニアの間では有名だったが、正確にはどちらも同じ変身アイディアから出発しており、才能ある特撮アーチストが作品を数こなすことで技術をより洗練させていったことがよくわかった。

 

 しかし『狼男アメリカン』は実は子供の頃にテレビ放送で観ただけという私、国立映画アーカイブの特集「アカデミー・フィルム・コレクション」で上映されたので、それこそ数十年ぶりに再見した。いや、きちんとフィルムで観賞したという点では初めてか。

 変身シーンは録画ビデオで繰り返し観たのに、お話の方は完全に忘れていたが、いちおうオリジナルの映画『狼男』(1941)をさらった内容ではあったのね。しかしこの頃のジョン・ランディス作品はあきらかに「物語」の面白さとは違った形でのエンターテインメントをめざしており、やはりこの監督、新世代のリチャード・レスターだったのだな、との感を強くした。

 変身シーンに注力しすぎたせいか、変身後の巨大狼そのものの描写は極めて少なく、ときおりアップになっても作り物感は否めないのが子供心に不満だったのを思い出したが、その代わりにピカデリーサーカスでのカークラッシュと群衆大パニックという場面を設定してクライマックスを盛り上げる設計になっているなど、なかなかよく考えられている。まぁ、今のVFX技術なら変身後の巨大狼がロンドンを跋扈する場面をたっぷりと描けるだろうが、こちらではそう描かず、狼となった主人公を追う看護士のヒロイン(ジェニー・アガター)にスポットを当ててメロドラマ性を高めてゆく手つき、これもまた特撮が万能ではなかった時代の芸なのだ、と改めて感じ入った。